hkmaroのブログ

読書の感想など

最近読んだ本

吉本隆明という「共同幻想」』呉智英

呉智英吉本隆明を批判した本の文庫版。だが、どう見ても吉本隆明が好きすぎてこういう本を書いてしまったとしか思えない。確か単行本は吉本が死んだ直後に出たはずだが、そんなタイミングでこんな本を出すということ自体に歪な愛情を感じる。

硝子戸の中』『こころ』夏目漱石

実はここ数ヶ月くらい漱石を読んでいるのだが、なんというかまったりしていてそろそろ食傷気味だ。話も長編は特に大体似たようなのが多く、友達の女を略奪したとか、女を心の底から好きなわけではないが人に取られるのは嫌だとか、そういう話ばっかりだ。今読んでる『道草』はそれ系とは違う話だが、これはそういう恋愛ものに輪をかけて退屈な内容だ。

『新釣れんボーイ』いましろたかし

これは全体小説のようなマンガだ。こんなに面白いマンガはなかなか無い。

『創造元年1968』笠井潔押井守

全共闘世代にも年長組と年少組があるらしい。年長組はおそらく、1949年以前生まれくらいの者を指すと思われる。対して年少組は1950年以降生まれの者で、1968のときには高校生かもしくは新入生くらいで、いわば「兵隊」として駆り出されていたり、下っ端としてこき使われていたり、高校で闘争を夢見ていた者たちだ。高校生が戦うことの難しさはこの本の中で押井守が言っているし、村上龍の『69』にも書かれている。年少組の価値観は押井守村上龍に代表されると思われる。私はこの年少組の考え方が好きだ。マルクスやら共産主義やら世界平和など微塵も信じていない。ただ世界に対する暴力的な否定の衝動が先にあって、後から色々な言葉がついてくるだけのようだ。そういう者の革命観のほうが信用できる。
この本を読んでいると年長組と年少組の温度差みたいなものがわかる。言うまでもなく笠井潔は年長組だ(表紙の写真だと押井守のほうが年長に見えてしまうが)。冒頭で笠井潔は、自分が当時実際に関わっていたのは年少組の奴らだから俺はむしろ年少組だ、というようなことを言うのだが、そういう口ぶりもどこか年長者の強かさを感じる。私は気分としていまいち笠井潔を信用することができない。