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hkmaroのブログ

読書の感想など

七月二十二日、山口ミコト『最底辺の男』、映画『サニー 永遠の仲間たち』、七月二十三日、至道流星『大日本サムライガール』、竹葉久美子『やさしいセカイのつくりかた』

七月二十二日。朝起きても喉がとても痛かった。腹の調子も悪い。二日酔いだったが、マンガを買いにツタヤに出かけた。

最底辺の男-Scumbag Loser-(1) (ガンガンコミックスJOKER)

最底辺の男-Scumbag Loser-(1) (ガンガンコミックスJOKER)

これよく2ちゃんまとめブログでアフィられているし、ネット上の感想を見る限りだいたい高評価なのだけれども、まったく普通の駄作だった。クソとまではいかないが、特段感想をいだくこともないような凡作。金を損した気分にはなる。何がダメかというと、絵がなんかおかしいとかは別にいいんだけど、バケモノの描写が陳腐だし、人物の行動原理は皮相的だし、なんか作品世界を薄皮一枚隔てた向こう側での出来事にしか感じない。起こる出来事の因果も作者のご都合感が半端ない。「御都合」そのものはあらゆる物語にもあるものだろうと思うのだが、そこをどれだけ意識化するかが優れた物語の条件でもあるだろうと思う。

例えば、この日の夕方から新宿の武蔵野館まで見に行った、『サニー 永遠の仲間たち』は、基本的に韓国が民主化していって国外の文化を取り入れて洋楽が流行ってた時代とか、そういう時代背景におけるまだ濃密だった仲間同士の絆だとかを、単純に賛美するものではなく、87年以降の自由化の加速によって社会は流動化し、家族がバラバラになったり、旧友とも探偵を雇わなければ会えなかったり、やっと会えたと思ったら友人同士でも格差が広がってたり、と良いことばかりでもなく、また、社会が流動化しすぎず、しかし西洋の文化も盛んに取り入れていた86年が奇跡的に良い時代だったのであって、その頃の仲間が最高なんだ、ということにもならず、主人公たちのグループに入れなかった(けど入りたかった)子がどんどんひねくれていって悲惨なことになる、という描写も忘れない。この仲間はずれの子は言わば排除されたわけだ。そういう負の側面があることを知りつつも、作品のテーマとしては身内びいきを肯定する、というものであり、これはこれでひとつの選択として納得できるものだし、今の時代に身内という観念そのものが危機に瀕しているので、こういう考え方へとゆり戻しがくるのはある種必然的であるようにも思える。社会、政治、経済、文化、個別的な人々の様子、などが全部入っていて総合的な映画という感じがした。

七月二十三日。『大日本サムライガール』読んだ。

大日本サムライガール 1 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 1 (星海社FICTIONS)

なんつーかやっぱり付け焼刃である。これは明らかに知識不足であり、思想とか政治というものを舐めているとしか思えない。例えば、「タレント経済評論家」がこういうことを言うシーンがある。

「もし外国が攻めてきたらどうするんですか?」
「我々は非戦を守り通せばいいんですよ。最後の最後まで非戦を貫いて、平和に殉じればいいんです。過去にそういう美しい民族がいたと知ってもらえれば十分じゃないですか。国防なんてね、経済活動を阻害するだけです。カッコ悪いものなんですよ」
冷静に聞けば日毬以上に行き過ぎている極左的な意見だ。

ハア? これのどこが極左ですか? 日夜国家転覆のために地道に頑張っておられる極左の方々も、こんな腐れ社民と一緒にされてはたまらんでしょう。こういう勘違いをするバカ小説家は粛清されてしまえ。しかもこの社民がエコノミストというところも非常におかしい。根本的なところで思い違いをしている。
で、この社民を「極左」などと言ってしまう主人公がどういう思想の持ち主なのかというと、

俺は思想的には、エドマンド・バークを源流とする新保守主義的な方向を良しとしている。近年ではフリードリヒ・ハイエクあたりの流れだろう。自国の伝統に自身を持ち、社会を守るためならば武器を取ることも厭わず、一方で現実に向き合えるように旧来のシステムを見直し、グローバルな自由貿易を促進し、断続的な革新を試みるという政治思想だ。都市在住の一般的なホワイトカラーの考えを代表したようなものだろう。

日本語があやしいのはおいといても、やたらジジ臭い26才である。ネトウヨか。なるほど、ネトウヨが社民のことを「極左」などと評するのは自然だな。毎月「正論」でも読んでんのか? これが「都市在住の一般的なホワイトカラーの考え」なんですか? 初めて知った。日本は想像以上にイカれた社会になっているようだ。バークが新保守主義の源流で、その流れを汲んでいるのがハイエクだ、といいたくなるのもわからなくはないがその雑さはどうなんだ。触りしか調べてないというのが丸わかりだ。まったく星海社にふさわしいチンピラの書いたゴミクズのような小説である。この新保守とかいうアメリカのポチも、真の右翼の皆さんからはYP体制に追従する国賊として謗られているのを知らないのかこの売国奴が。大体作中「真の右翼」を名乗る美少女とやらが日本の歴史を二千年などと言っているのはなんなのだ。今は皇紀2672年だろうが! 

で、クソラノベを読んだあとにこういうぬるいマンガを読むと癒される。牧歌的な萌えラブコメで、ストーリー的にみるべきところがあるわけではないものの、ソフィスティケートされた絵柄などと相まって、読みながら不安になったり怒りに駆られたりということがない。非常に落ち着く。でも二巻は買わないだろう。