hkmaroのブログ

読書の感想など

五月二十九日

五月二十九日。晴れのち雨。昼飯:早稲田の「とりそば旬」なる店で親子丼食う。高い(早稲田界隈では)、遅い、不味いの三拍子そろった店。もう二度と行かないであろう。

夜は高田馬場のロマンなる喫茶店にてガクショウと今後の研究に関する打ち合わせ。二時間半くらい話し込む。

家に帰り着いてから小説を少し進める。小説をやってるとどうしても日記の分量が少なくなる。時間が足りないというよりも、体力がない。体力をつければもっと色々できるはずだ。それにしても小説を書くのは面白い。実際にはいまだに本文書き出してないのだが、空想の中では何でもアリなのがよい。空想の中では何でもアリなのだ、ということが、何か一種本質的なことのように感じる。たとえばどんなにコンピューターゲームの技術が発達して全感覚没入のマトリックス的バーチャルワールドが成立したとしても、そのバーチャルワールドで厳密に個々のプレイヤーの空想が実現するというわけではない。しかし、創作の作業の上では全感覚の没入を犠牲にして、空想の完全性を高めることができる。知覚として空想世界を楽しむことはできないが、空想として完全に理想の空想世界を楽しむことができる。そのような自分だけの箱庭を持つことは、内面的なものを外界・現実社会から擁護するものとして役立つのではないかとぼんやり考えている。