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hkmaroのブログ

読書の感想など

五月五日、六日、七日 文学フリマ、『3・12の思想』を読んだことなど

AREの最新号を出版する準備で大変だったり、体の調子が悪いのとかがあって日記を書けなかった。

五月五日。昼飯はコンビ二のおにぎりとパンを食う。ガクショウ宅で本の編集をしたり、『おおコウスケよ!〜』の二巻読んだりした。『コウスケ』は結局どういう点が面白いのかわからないままであったが、面白いかどうかを別とすれば、殿村クララ・アーベンロートちゃんに豚的な欲望でギラついた眼差しを送ることは不可能ではなかった。豚として育つことの効能。原稿を出力し、池袋のキンコーズに持ち込み、印刷した。晩飯はキンコーズすぐ近くのアブラ学会というつけ麺屋で食う。うまい。午前一時に帰宅し、三時までホッチキス止めをして寝る。

五月六日。昼飯はなし。文学フリマ当日。体調は非常に最悪な感じだったが、イベント自体は楽しかった。前々から即売会で不思議に思っていたのだが、みんなテーブルの上に敷いている布キレはなんなのだ。長テーブルの板をむき出しにしていてはいけないのか。当然我々はむき出し派である。以前はよくわからない敷物をしいたりしていたが、全く重要性がわからないので今回はそういうものを準備しようと言う意識すら働かなかった。このブログでレビューを書いたあるラノベの作者の方から本を頂いたりした。大変恐縮する。ありがとうございました。
ところで自分が買った本の中ですごく良かったのは、青年文化ゼミ有志というサークルの「文化と表現」という本だ。再生紙っぽい紙で作ってあるコピー誌なのだが、中身は非常に多彩でアカデミックな硬派な論考から、エッセイ風の小論や小説まで載っている。考察の対象も広く若者文化を扱っているという感じで、評論系の本の中では格段に高い「総合性」を持っているように思った。この本の執筆者の中でも、やはりT.A.という人の文章が非常に面白い。趣味縁という概念に関する考察がしてあって、斜め読みしかしてない私がまとめるのもアレだが、どうやら趣味のサークル活動は、それ自体社会関係資本の積み重ねにもなるし、そこで培ったコミュ力は趣味の合わない人と関係を築く際にも役立つので、人を社会化して公共性を生み出すことに寄与する、という説のようだ。すべてのオタクが参照すべき重要な議論だと思う。というのは、同人誌即売会自体が趣味のサークル活動をしてるひとが集まって交流する場なわけで、そういう活動が公共性に寄与しうるとは、なんとも良い話だからだ。実際には同人誌即売会でブイブイ言わしてるサークルがほとんど商売目的で参加してたりする、という事情もあろうが、オタクがオタクを極めたら立派な市民になれる、という筋道があると良いですよね。このサークルの本は一冊百円でとても安く、我々のサークルは価格競争の面でもページ数の面でも内容の面でも、同じコピー誌を出しているサークルとして完敗していた。勉強のために、既刊十冊全部買った。
夜はM岡さんと馬場で飲む。

五月七日。昼飯はうどんや。体調が悪いので消化に良いものを食った。夜はすた丼や。体調が悪いので元気が出るものを食った。
帰りに芳林堂で本を買う。『3・12の思想』を読んだ。3・12というのは、3・11の地震にまつわる災害について、3・11の自然災害の側面とは別で、人災の側面を3・12という放射能公害事件としてとらえようという意図があるらしい。「魔女の唯物論」という言葉にこの本のいろんなものが凝縮されているような気がする。イデオロギー批判とか、フェミニズム的発想とか、反国家的な姿勢とか。しかし、この人は一体何をやっている人なのだろうか。著者紹介をみてもいまいちよくわからない。本を何冊か書いているようだから著述業なのだろうか。だから色々時間に融通がきいて何ヶ月にわたって名古屋と東京を行ったりきたりとかできるのだろうか。「東京を離れろ」的なことが書いてあるんだけど、これ読んで誰もがやっぱり「逃げられない人」のことを思い浮かべて疑問に思うだろう。というか、私自身「逃げられない人」だからその辺に説得力は全く感じなかった。私のような存在は反革命分子として無視しているのだろう。この本では、将来的に東京が今のような文化の中心地的機能を失うだろうと「予言」されているのだが、実現されるかどうか今から楽しみだ。なんで「知識人」は「予言」せずにはいられないのだろうか。