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hkmaroのブログ

読書の感想など

わたしのココ+あなるちゃんのライブをみた

今日はわたしのココというミュージシャンのライブを見に高円寺へ行った。ライブハウスにメールで何時ごろ出ますかと聞いたら、八時半以降だとのことだった。六時過ぎころ着いたので、それまではライブハウス近くをぶらぶらしようと思って歩いていると、すぐ近くに古本屋を見つけた。都丸書店という。古本屋は大体軒先に値段の安い本を出しているもので、この店もそうだったのが、ほかの古本屋に比べてそのレベルが非常に高く感動した。洋書、しかもどこの誰が書いたのかわからんゴミみたいな洋書ではなく、日本で翻訳がよく読まれているような哲学者や作家の洋書がたくさんおいてある。店に入ってみると、本当になんというか、ツボを抑えたというか、棚ごと欲しくなるというか、そういう品揃えで、何時間でも居られそうな感じだ。私が入ったのは人文系の分店のほうだったが、社会学系の本店も間近にあり、こちらも品揃えがよいので有名なのだそうだ(参考リンク)。

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ここではどこの古本屋に行っても見つけられなかった、笠井潔の『テロルの現象学』(ちくま学芸文庫)を見つけた。750円だった。これを見つけただけでも今日は高円寺に行ってよかったと思う。あとは、岩波文庫から出ているセネカの『生の短さについて』を500円で買った。本の購入について日記に書かないと以前この日記に書いたのではあるが、今日は珍しい本を見つけたから例外としたい。

さてわたしのココであるが、以前からYoutubeに上がっている動画をたまに見ていた。



今日も上の動画みたいなノイズっぽい音楽をやるのかなと思ったのだが、今日はあなるちゃんというシンガーと組んでのフォークデュオ的なライブだった。ノイズがなかったとは言え、あなるちゃんによる視覚的衝撃や、楽音の枠組みを軽々と逸脱する予測不可能な歌声は、ほとんどノイズ的と言ってもよい。一般的な観念からすれば歌はヘタということになるのかもしれないが、ギターの演奏や曲自体の出来のよさと相まって、胸に迫ってくるものがあった。

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二曲しかやってなかったのだが、一曲目は「わたしのウンコ食べてください」とかいう歌詞だった気がする。ウンコというのは、どうやら歌を聴いていると「わたしの心も体も全部」的な意味のようであり、ようするにありのままのわたしを受け入れてほしい、というような短絡的な解釈が可能なのだが、クソという象徴を用いることは、あの狭苦しい無力無善寺(初めて行ったが非常に狭かった)の内輪ノリ的な空間で歌うことを対象化しているかのようでもある。さらに二曲目は、秋葉で取引されている二次元の美少女達について歌った曲らしく、歌詞の内容は、人間の女の子のように生身の体を持っていないわたし(=二次元美少女)を、人間の彼女ができるまではせめて愛して下さい、みたいな悲しげな曲だったように思うが、これをあなるちゃんが歌うというのが凄い。あなるちゃんもいわゆる人間の女の子の一般的な理想形からは外れた精神と肉体を持つ者であり、そういう意味では二次元の美少女と同じである。二次元の美少女の悲しみを歌っているはずが、いつの間にかそれがあなるちゃんの悲しみにすりかえられる。ふざけた身内ノリで進行していたイベントが、なんとも言えない雰囲気になった。そういう破壊力を持つ良いデュオだった。音楽性も高い。

なんか音源があれば欲しかったのだが、特に物販も無いようだし、見たいものは見れて満足したので、途中で抜けて帰った。