読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

hkmaroのブログ

読書の感想など

『武装中学生2045 ―夏―』岡本タクヤ 感想

武装中学生2045-夏- (ファミ通文庫)

武装中学生2045-夏- (ファミ通文庫)

国なんかじゃない もっと守りたいものがあるんだ――

『国防教育法』により国家防衛の人材とすべく少年少女が育成される時代。
二〇四五年夏、東都防衛学院の中等部三年に在籍する久坂レイジは、夏休みを控えた一学期最終日に、同級生の桐島チヒロ、御門ミヤコ、そして高城クマグスの四名で学院長室に呼び出しを受ける。
突然の呼び出しに訝しがる彼らに、八神トワという少女を沖縄まで迎えに行って欲しいと国家公務員の巽と名乗る男は告げるのだが……。
南の島を舞台に贈る戦場のボーイ・ミーツ・ガール!

小説が読者に親近感を抱かせるには、おしゃべりの要素が必要だと思う。おしゃべりとは雑談のことであり、必ずしも物語の本筋と関係のないような細かな部分を、敢えて書き込むことが時に小説にとって重要である。このことは、例えば泣けるエロゲーがその導入部に一見どうでもいいようなナンセンスな主人公とヒロイン達の日常的なやりとりを膨大に埋め込むことでプレイヤー(消費者)と主人公を一体化させ、その一体化作用によって後半部のメロドラマ的展開に「エロゲーは文学」とオタをして言わしめるようなメロドラマを超えた強度を与える方法と似ている。

このおしゃべりの要素はエロゲーにのみ顕著に見られるものではないし、むしろこれがもっとも顕著なのはいわゆる文学、なかんずく純文学の分野であろう。エンタメ小説を普段読んでいる人が純文学を読んで一様に不満を述べるのが、「冗長な描写」についてである。背景や情景の描写はもちろんのこと、心理描写についても「難しい」「長い」だのという感想がよく出る。私自身、純文学を初めてマジメに読んだときには同じ感想を抱いた。日本の私小説にはその構成要素の九割以上がおしゃべりでできている小説も珍しくない。そういう小説はもやは日記とほとんど区別がつかない。だが、このおしゃべりによる共感の集積こそが物語世界に固有性を与えるとも考えられる。

エロゲーや私小説ほどの強度を持たないライトノベルには、当然おしゃべりの要素はエロゲーほどには重視されないのだが、しかし美少女達にハーレム的に囲まれる主人公、という構造を持つ大半のライトノベルは、エロゲーと同様に読者(消費者)と主人公の一体化が特に重要な小説ジャンルだと言わねばならず、この一体化作用をもたらす要素としておしゃべりを等閑に付すことはできない。

『武装中学生2045 ―夏―』は、当然のことながら中学生が主人公である。ではこの小説には、上記に述べたことを踏まえた場合、読者をこの中学生に一体化させるようなおしゃべりがあるだろうか。もちろん、この小説はハーレム系豚ラノベではないし、常に主人公の一人称で進行する小説でもない。その意味でこの小説には一般的なラノベに比べおしゃべりの要素は重要ではないかもしれない。だが、平和憲法に守られた百年の平和を描写する前半部から、その繭を出て中学生達が戦いの場に投じられていく後半部へと進んでいく過程において、前半部分のおしゃべりは依然重要で、むしろそれがあるからこそタイトルにもあるような「近代的武装で戦う中学生」の姿が意味を持つはずである。つまり、<武装中学生>は、まずもって我々が思い描くようないわゆる<中学生>でなければならず、その我々からの共感を纏ったまま<武装>するからこそ意味がある。ということは必然的に、この小説は第一に中学生の描写の巧みさによって評価されなければならない。

この中学生描写に瑕疵があることが、本作の最も致命的な点で、この作品には中学生固有の悩みや関心が描かれない。中学生固有の悩みや関心とは、当然思春期の悩みであって、性への関心であるが、この小説ではほとんどそっくりその部分が抜け落ちていている。悩みらしい悩みは、後半部における、生きること、殺すこと、信条、善、などの戦争ものにありがちな大問題くらいであって、これは中学生固有の悩みではない。

この中学生的おしゃべりを必然的にはらむ憲法九条下の体制を「平和ボケ」的な言葉とともに戦争にまつわる大問題で抑圧する態度は、ネット右翼的な権威主義と紙一重なのではないか。とはいえ当然その大問題が倫理上のテーマである限り、絶対にこの作品がネット右翼的短絡性に堕落することはないだろう。しかし、同じように中学生が戦場に立つ物語として我々が決して無視できない記念碑的存在として『新世紀エヴァンゲリオン』があるが、エヴァは逆に中学生に固有の悩みを、むしろ戦争にまつわる大問題よりも上位に置いた。このこと自体は賛否を呼んだが、少年が戦場に出る物語において思春期の悩みを描かないことがウソであるということは、既に述べたようにあきらかだ。小説版の『バトル・ロワイアル』の良さもここにあったかと記憶している。中学生の中学生性を派手な言葉で強権的に抑圧しない分、実は豚ラノベのほうが一層倫理的なのではないか。

ただ、巻末の参考文献一覧がただのこけおどしに過ぎないとしても、政治意識の高い非常に珍しいライトノベルだということは言えるだろう。それがお勉強の一時的な効果に過ぎなかったとしても、このバリエーションはラノベというジャンルに積極的に迎え入れられるべきではないだろうか。革命力52。