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hkmaroのブログ

読書の感想など

『あなたの街の都市伝鬼!』聴猫芝居 感想

あなたの街の都市伝鬼! (電撃文庫)

あなたの街の都市伝鬼! (電撃文庫)

都市伝説についてのラノベで、まあ大雑把にネタバレしない程度に内容を書くと、都市伝説の話に出てくるお化け的な存在が美少女になって登場してきて、主人公がハーレム的にモテる、という話だ。

民俗学者を目指して都市伝説を調べている高校生・八坂出雲。「ムラサキカガミ」の研究をしながら誕生日を迎えた彼のもとに、伝説と同じ怪奇現象が発生!そして出現したのは『都市伝鬼』ムラサキカガミを名乗る少女だった。都市伝説を愛する出雲は、彼女たち都市伝鬼を一冊の本に編纂することになるが…それを聞きつけた伝鬼たちが、続々と出雲の前にやってきた!愛らしくも血みどろの和装童女から凶暴な武器を構えたお姉さん、超高速で追いかける少女に生首まで…次々と怪奇現象に襲われて、恐がりな出雲はどうなる!?少し怖くて、とっても可愛い都市伝鬼たち山盛りで贈る、ほんわか怪奇譚。第18回電撃小説大賞“金賞”受賞。

まあ、話のデキがどうとか、面白かったとか面白くなかっただのの議論は、私の興味の対象外なので書かない。が、購入を検討されている方のために、アマゾンで既についてる☆2つという評価が、それほど不当でもないということは申し上げておきたい。

気になったのは、民俗学が怪談話を研究する学問であるかのように描かれているところ。作家に教養がないだけなのか、それともラノベ業界オタ業界では「民俗学=怪談収集」ということになっているのか(たしかに民俗学を専攻している主人公が田舎にフィールドワークにいって恐怖体験したり神秘的な田舎美少女とセックス三昧の日々を送ったりする『瀬里奈』みたいなエロゲーもよくあるといえばあるような気もするが)、私にはわからないが、恐らく両方なのだろう。

ラノベ作家もラノベ読者もラノベ関係者も、同様に民俗学について無知だと仮定した上で、ではその無知が「民俗学=怪談収集」だと思い込むことになってしまうような構造とは一体なんなのだろうか。言い換えれば、ラノベ業界の人々は一体何を民俗学に投影しているのだろうか。これは真剣に疑問だ。恐らく、「民俗学=怪談収集」だという図式を作った罪深い先行作品が、オタ業界にあるのだろう。そしてそれは大塚英志のマンガとか小説だったりするのだろう。日本人は土人かもしれないが、オタクの「土人」化には大塚も一役買っているのではないか。

とはいえこの『都市伝鬼』が、思考の強度において大塚を百万倍薄めてもまだ足りないくらいに薄まった本だということは言える。都市伝説を持ち出すのはいいが、都市伝説がどういう背景で流行したのかについての解説はない。作家自身が都市伝説について真剣に調べたと言う証が見えないのだ。せいぜい都市伝説のムックか何かから適当に見繕ってそれらを美少女化したに過ぎないのだろう。それなのに主人公を都市伝説の専門家に仕立て上げようとしているのがすごい。この無秩序さというか無神経さというか知的な雑さはしかし、同時にライトノベルの強みでもあるのでここをとやかく言ってもライトノベルを真に評価あるいは批判したことにならないのだが、それにしても期待はずれだった。

私としてはこの本に、都市伝説が流行る背景としての都市化の問題や、都市化の進行に伴って生まれる郊外の問題や、郊外における閉塞感が必然的に要求する「外部」的なもの(オウム真理教だとか酒鬼薔薇事件から人々が受けた不安の感覚も、大枠ではこれに含めることができるだろう)、そしてその「外部」として具体的には都市伝説が呼び出されることもある、というようなプロセスを描いて欲しかった。もちろん、上記のプロセスが間違っているにせよ、その間違いを正しく認識させてくれるような内容を期待していた。当然、そんな内容はどこにもなかった。

まあ、これに関してはそんな内容をライトノベルに期待した私がバカだったという他ない。ラノベを読むにあたっては、一切の知的な内容への期待を捨てねばならない。作家と読者の連帯から生み出される自然発生的な願望充足のサンプルをこそ、ラノベからは汲み取らねばならない。その探求の中でたまさか知的価値だったり自分にとってのエンタメ的価値がある作品に出会えたとしても、それは単なる幸運でしかない。そんな教訓を私に与えてくれたラノベだった。この教訓を得るのに大変な時間をかけてしまった気もするが、これを得るのに遅すぎるということはないのでよかったと思うことにしよう。革命力2。