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hkmaroのブログ

読書の感想など

越谷レイクタウンに行った

今日は雨の中越谷レイクタウンのイオンに行った。地震のとき少し話題になったショッピングセンターである。

この店にも行ってみた。倒れてる装飾は、無くなってたのか見つけられなかっただけなのかわからないが、見なかった。

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レイクといっても対岸に家やらビルやら工場やらが見えるので風情はない。
この風情の無さは、周囲の荒地具合にも見て取ることができる。

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しかし、一歩モール内部に足を踏み込んでみると、とても豊かな空間が広がっている。まず暖かい。天候も良くなく、とても寒かった今日だからこそ、この暖かさはショッピングモールの不思議さを益々強調させた。テナントがたくさん入ってはいるものの、実質的には中の廊下はストリートみたいなものであり、いわば屋内ストリートである。ストリートなのに暖かく、連結しているアウトレットモールと比べると対照的だ。アウトレットモールはkazeとmoriとは違って廊下が屋外にあって、今日みたいな日だと雨と寒さに耐えて店を回らなくてはならない。本来はこれが普通なのだが、レイクタウンにいると非常に不便に思えてしまう。

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アウトレットには不思議なオブジェがあった。

そしてイオンには物がたくさんある。トイレはもちろん各所にあるし、ただで腰掛けられる椅子も随所にあるし、飲み物の自動販売機もあるし、あらゆる小売店が沢山あるし、飯屋も沢山あるし、ゲーセン・映画館などの娯楽施設もあるし、エステや歯医者まである。探せばもっとあるかもしれない。そのうち病院一体型のイオンとかができるかもしれないし、役所一体型のイオンなどはそれより早く実現しそうだ。図書館一体型のイオンはもしかしたら既にありそうだ。ホテル一体型のリゾートイオンなんかも良さそうだ。旅行に行って、二泊三日イオンで遊ぶだけ。これは非常に楽しいのではないか。そういう旅行もアリなのではないか。無人島に馬鹿でかいイオンを作って、ホテルと一体化させて、観光名所としてはイオンのみを持つという観光地があっても良いのではないか。むき出しの荒地的な空虚な空間に突如あらわれるのがショッピングモールの特徴である。無人島にいきなりイオンが建てられても心情的には全く不思議ではない。その際はでかい駐車場はなくなって、代わりに大規模な港か空港が同時に建設されるだろう。

あと、ジャスコ、イオン、ショッピングモールといったらフードコートである。イオンに行ってフードコートを利用しなければ、厳密にはイオンに行ったことにはならない。なぜフードコートがこんなにも重要なのだろうか。もちろん歩き疲れた人が気軽に休憩できる場所として、あるいは待ち合わせ場所として、フードコートみたいなある程度広い場所が必要だと考えられるのはわかるのだが、しかし現在のイオンには沢山の飲食店があるし、廊下の随所に椅子が設けられているし、ある程度の広さを持ったロビーみたいな場所もあるし、ジャンクフードをセルフサービスで売るフードコートはもはや必要ないと言えば必要ないのではないだろうか。おそらくフードコートには単純な合理性や効率や必要性を超えた文化的な文脈が存在する。フードコートがもし無くなるようなことがあれば、何らかの文化的な損失を帰結するだろう。注文して店員から受け取るビービーうるさいタグや、セルフお冷の紙コップや、いつ行ってもすぐには座れないほどに埋まっている席、そして熾烈な席取りのための闘争など、われわれの記憶を刺激してやまない独特の要素がフードコートにはある。よその家族が食っているラーメンのほうが旨そうに見えるのも、フードコートの特徴である。

ある日、以下のような出来事が我が家で起こった。家族五人でショッピングモールに行ったが、昼時に各人それぞれに食べたいものが違っていた。混んでいたこともあり、五人一緒に入れる店を探すよりは、二手に分かれて違う飲食店に入ることになった。当然店を出る時間が違うので、片方は十分程度店の前で時間をつぶさねばならなかった。

このような不便はフードコートでは一切起こらない。なぜなら各々好きなものを注文して同じテーブルに持ってくればいいだけだからである。フードコートで親子連れを良く見かけるのは、単にショッピングモールを利用する層に親子連れが多いからだというだけではなく、無理なく家族一同が同席できるからなのである。ということはフードコートはわが国における家族の結束に一役買っていると言えないこともないわけであり、もしフードコートがなくなればわが国の個々の家庭が徐々に崩壊していく可能性も全く無いとは言えないのである。

ショッピングモールが、地域を愛する人の目から見たら、商店街と対立するような、地域の文化を破壊する、高度な消費社会および資本主義が生んだ非人間的な産物であるにもかかわらず、消費者の目線からはそのようには全く捉えられていないのには、フードコートの暖かい家庭・家族のイメージがひとつ大きな理由としてあるのではないか。ショッピングモールをもし肯定していくのであれば、フードコート的な側面をいかに保存していけるかに未来はかかっていると思う。だからわれわれ大衆消費者は、イオンに行ったら必ずフードコートを利用してその必要性を確認し続けなければならない。日本の家族、ひいては文化、国力のために。

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