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hkmaroのブログ

読書の感想など

エヴァQ観た

ネタバレです

綾波が可愛いとかアスカの声が良かったとか色々豚的に楽しんだ部分は多々あるのだが、しかしつくづく思ったのはエヴァンゲリオンは視聴者の深読みを誘発するアニメだなあ、ということだ。例えばアスカの態度なんかはまことに不思議で、本当にシンジを嫌っているのであればあんな態度はとらないはずで、もっとマジ本気でボコボコに殴り倒していてもおかしくないはずだ。特にラストの場面。なんであんなに世話を焼いてあげるのか? お前ホントはシンジのことまだ大好きなんちゃうん? という妄想をオタ達が繰り広げられるようにできている。これが意図的なのか、それとも話として破綻しているからなのかは、非常に微妙なところだ。ストーリー全体のわけわからなさから推測すれば、単に人物の描写も破綻して狂っているだけだと考えるのが妥当なのかもしれない。しかし、私の印象では、テレビシリーズの後半の展開とか旧劇場版の唐突な心象風景の挿入とかに比べると、Qはかなり演出が作為的というか人為的だなと感じた。昔みたいなカルトさがない。シンジが段々頭おかしくなっていくシーンも、ちゃんとこういうキャラクターがこういう出来事のおかげでこういう風になっちゃって、というのが無理なくわかるというか、少なくとも作る側がこういう風に見せたいんだろうな、というのは感じ取れるようになっている。確かにQもわけわからないんだけど、旧エヴァのわけわからなさとはかなり質が違うように感じた。それは音楽の使い方なんかについてもそう思った。旧エヴァはすごく音楽の少ないアニメという印象があるのだが、新劇は全体的にBGMがちゃんと入っていて、どういうムードの場面(として作る側が見せたいと思っているの)かがわかりやすい。

別の深読みの一例を挙げよう。ミサトさんはなんか今回誰がどう見ても頭がおかしいというか、あまりに不条理な態度をシンジにとるわけなのだが、しかしあのミサトさんが、序とか破で散々シンジがエヴァに乗って活躍するのを煽っていたあのミサトさんが、シンジが頑張り過ぎて酷いことになっちゃった件を全部シンジのせい、などと責任転嫁して正義に酔っている、と考えてもいいのだろうか。むしろああいう冷たい態度をとっていながら、自分にも大きな責任があると苦しんでいると考えるのが妥当ではないだろうか。少なくともテレビ版からの我々のよく知るミサトさんならそう考えるだろう。しかし、あの戦艦の乗組員でミサトさんより若い世代の人とか外から加入してきた人とかは、十四年前の事件の詳しいいきさつなんか知らないで、あの大破壊は全部シンジ(と、ネルフのメンバーを騙していたゲンドウ)のせいだと思っているだろう。そして戦艦と寄せ集めの乗組員達をうまく組織化するには、そういう風に「シンジ(とゲンドウ)が全部悪い」という人々の思い込みを利用でもしない限り、大義名分を保てないのではないだろうか。そこでミサトさんはとんでもなく酷い欺瞞だと知りつつも、敢えてシンジに冷たい態度を取り、その場面を乗組員達に見せつけることで、艦内の士気を高めるのに利用しているのではないだろうか。ホントは十四年ぶりに会ったシンちゃんを抱きしめたい。頬ずりしながら抱きしめたい。ぼっろぼろ泣きながらアバラ折れちゃいそうなくらい抱きしめたい。だけどダメ。今はダメ。今は私とシンちゃんをこんな目に合わせたネルフを叩いて自分の責任を全うするのが先。それに、どの道私みたいな汚い人間に彼を抱きしめる資格なんかない……! そんなことを思っているのではないだろうか。もしもテレビ版のキャラクター(性格)を今回のミサトさんが受け継いでいるとするならばそう考えるほうが自然である。なぜなら同様の葛藤は既にテレビ版でミサトさんは抱いていたからだ。また、本当にシンジが悪いと考えているのであればサクっとシンジを殺害すべきだったあのシーンで、ミサトさんはトリガーを引けない。引けない、というよりはもとより引く気がなかったのではないか。ああいう首輪を発明させてシンジにつけとけば、乗組員達が「艦長はマジでシンジを憎んでいる」と思い込んでくれるからそうしているだけなのではないだろうか。本当はシンジが悪いなんてことは思っていない。けれどもそういうフリをしたほうがネルフを叩くのには都合が良い。自分の罪を償うというか責任を果たすのにも合理的である。だからそうしている。嫌な女なのよ私は。そういう葛藤の中をずっとミサトさんは旧エヴァから生きてきたのではなかったか。悲しい人なんです、ミサトさんは。偉い人なんです。真面目な人なんです。真面目過ぎるんです。本当はとても繊細なのに、真逆のキャラを演じているんです。でも僕は知ってます、本当のこと。僕はそんなミサトさんだから、好きになったんです。全然変わってない。ミサトさん、全然変わってないよ。変な帽子かぶってようがサングラスしてようが、僕らの知ってるあのミサトさんだよ。ミサトさーん! 俺だー!! 結婚してくれー!!!!

などという妄想も可能なわけだ。思うにこれがエヴァのすごいとこなんではないか。こういうのはやろうと思ってやれるもんではないような気がする。なんというか、妄想を誘発させる不完全さというか、描写の不十分さが補完したい欲望を激しく喚起させるというか。無論話の辻褄とかを重視する謎豚系の人々にとっては非常にとるに足りない要素なのかもしれないが。