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hkmaroのブログ

読書の感想など

謝罪、その他

昨日は文学フリマの日で私のサークルである中島総研もこれに参加したのであるが、しかし今回は会場に着いたのが午後二時過ぎで、会場でもまだホッチキス止めなんかをやっている体たらくであって、まあまずいないだろうとは思うが我々の新刊を買おうと思っていたのに「なんだ落としたのか」と思って諦めてしまった人も中にはいるかもしれない。そういう人には、本当に申し訳ありませんでしたと申し上げておきたい。しかも、買ってもらった人にも申し訳ないことに、事前に予告した内容が実現できていない。私は虚偽の告知を行ってしまったことになる。これも申し訳ない。心苦しい。すいませんでした。

さらに打ち上げではなぜか途中から大学時代のサークルの後輩達(といっても私は全く知らないと言ってもいい人々)が合流して、その後輩達(特に三人も女子大生がいた)に対してとんでもないセクハラ的暴言を吐いてバカヤローだとかコノヤローだとか叫んでいた。と思う。多分。酔っ払っていて記憶がない。申し訳ない。すいません。などとこんなところに書いても相手が読んでいるとは思えないが、自分への戒めのために書いておくことにする。

しかもその後は酔っ払いすぎて案の定電車を乗り過ごした。拝島駅のホームをよたよたと歩く私に向かって駅員は「もう電車ないから」と冷たく言った。そして私は生まれて始めて拝島の大地に降り立った。拝島は何もない場所だった。暗く、冷たく、空虚で、駅前だと言うのに非常に原始的で本能的な恐怖を感じる場所だった。とりあえず本川越まで乗り過ごしてしまったときそうしているように、まずはマンガ喫茶を探そうと思ってケータイの画面をみてみると、もう電池がほとんどない。前日から泊り込みで編集作業をしていたので家に帰っておらず、そのせいでケータイの充電もできなかったのだ。歩けば結構すぐ近くにあるのかも、と思って歩き出してみたが、地図上の私の位置は全然マンガ喫茶の位置へ進んでいかない。これは結構遠いのでは、と不安になって、駅前まで引き返し、コンビニの店員に、近辺にマンガ喫茶がないか聞いてみた。「さあ、多分昭島まで行かないとないし、あそこのは閉店時間あったと思うなあ。タクシーの運転手がそういうの詳しいんで、タクシーで聞いてください」しかし、そんなことを言われても、タクシーの運ちゃんがタダで情報をくれるわけがなく、きっと、タクシーに乗れば教えてやるよ、という展開になるはずであり、そうするとどこか遠いマンガ喫茶に連れて行かれるかも知れぬという不安もあって、そうなった場合貧乏な私にとってはタクシー運賃は非常に手痛い出費となるかも知れないのだ。コンビニの店員も、一目見て私が乗り過ごした酔っ払いだとわかるであろうから、マンガ喫茶じゃなくて終夜営業のレストラン等を教えてくれればいいのに、なんとも冷たい。私は、とにかく椅子に座って落ち着ける場所を探して駅周辺をうろうろした。駅の反対側に行くとそこにもコンビニがあって、そこでは二階に飲食スペースがあるとのことなので行ってみたら、23時から6時までの間は使用禁止になっている。なんと冷たい人間社会であろうかとこのときの私は思った。というよりも、拝島という土地が冷たい。拝島の人が冷たい。拝島人からしてみれば私のような乗り過ごし酔っ払いが拝島駅からゾンビのようにわさわさ這い出てくるのは迷惑だということなのであろうが、冷たくされた酔っ払いだって普段は常識人なのであり、こんな扱いをされた苦しい思い出は一生忘れられないだろう。そして私はこの苦しみを忘れないために日記を書いている。とにかく拝島は冷たい。そして気温は信じられないほど寒かった。折りしも昨日の夜から早朝にかけて、唐突に日本は冬になった。それゆえ私はコートを持っていなかった。あまりの寒さに歯がガチガチと音を鳴らした。とにかく座る場所が欲しくて、うろうろとうろついてみたところ、駅の下に便所があって、そこの個室に居座ることにした。そこの個室の便座は蓋がついているタイプで、私は蓋の上に腰掛けてすごした。便器の蓋は異常に冷たかった。臀部から下が冷えに冷えて、骨から凍ってしまいそうだった。絶えかねた私は、私にタクシーを利用させようとした冷たい店員のいたコンビニへ舞い戻り、ホッカイロを買い求めた。振るタイプを二個、靴下に貼るタイプをワンセット。そしてまた便所に戻ったのだが、ホッカイロの力は微弱すぎた。一時間もしないうちに私はまたコンビニへ行き、今度は貼るタイプのホッカイロを十個パックで買い、腹、腰、肩、尻などにべたべたとそれを貼りまくった。だが一向に暖かくなる気配がない。気温が異常に寒いせいなのか、ホッカイロが役立たずなのか、それとも酔っているのがいけないのか、どうしてこんなにつらいのか、人生とはなんなのか、などと寄る辺無い思いが私の脳中を占領してしまった。時計を何度も見た。こういうときに限って時間は亀のようにノロノロとしか進まない。残りわずかなケータイの電池を気にかけながら、始発の動く時間を見てみると、五時十二分と書いてある。なんで拝島の電車は終電は早いのに始発は遅いのか。酔っ払いに対する非人道的ないじめだとしか思えない。私は拝島駅に恨みを持っている。もう一度書くが、私は拝島駅およびそれに接している一切の商業施設を恨んでいる。憎んでいる。冷たい便器も憎んでいる。効き目のないホッカイロも恨んでいる。とにかくそういうもの一切が憎くて憎くてしかたがない。冷たい駅員、冷たいコンビ二店員、これらの人間も許すことができない。電車が終わっただのマンガ喫茶がないだのとつらい事実を教えてそれっきりである。まったく職業人としての親切さを感じない。私だって昼間会社で働いているときに顧客から「ちょっとこれから打ち合わせしたいんですけどこの辺に喫茶店とかありますか?」などと尋ねられたら「ありません」などと答えずに「喫茶店は無いんですけどファミレスならありますよ」という答え方をする。そしてファミレスの場所を地図使って教える。これは人間として当たり前の気遣いだ。それが駅員だとかコンビニ店員にはない。なんというか役人じみている。役人でもないのに役人の仕事ぶりを真似している。滑稽だ。バカだ。そんなことを涙目になって便座の上で考えていると、ああ、こうやって酔っ払いは凍死するのだな、と思った。俺は、凍死するかもしれん、とズキズキする頭で、ホッカイロを両手にかたくかたく握り締めながら思った。しかし死の恐怖がどうとか今までの思い出が走馬灯のように、などということは全くなかった。とにかく頭痛と悪寒から解放されたかった。この苦しみから解放されるのであれば死ぬのもやぶさかではない、という心境だった。そういう心境に少しでもなったことを、今暖かい部屋で「大変恐ろしいことだ」と思う。

十分眠っては二十分ガタガタ震え、ということを個室の中で繰り返しているうちに、始発の電車の三十分前になった。ホームにはもう入れるようになっていて、電車のドアも開けてあった。拝島発の西武線は、このときの私にとってはまさしく方舟だった。アパートには午前六時に着いた。アパートのことを「家だ」と思えたのは今日が初めてだった。どんな空間であっても、ここが「俺の家」であることに変わりはないのだ、と不思議に感動していた。帰るなり服を脱ぎ捨てて、座椅子に座り込んだ。二時間弱寝たらまた起きて会社に行かねばならない。だから深く眠ることはできない。だから座椅子で寝た。十秒で眠りに落ち、一時間半で目が覚めた。目が覚めたらすぐシャワーを浴びた。丸二日ぶりのシャワーだった。凍っていた骨がじわじわとふくらんでいくかのように感じた。お湯を浴びながらまたしても「ここは俺の家だ」と思った。

とまあつらいことはあったけれども、つらいことばかりというわけでもない。時間は遡るが、先日、といってももう一週間以上前、前々回の日曜日、真路潔さんとお会いした。(真路さんのブログ) アキハバラに来て頂いて、夕食を食べながら話をした。ネット上で知り合った人とオフで会うという経験は、私の人生の中でも三回目くらいなのだが、そのわずかな経験の中でもっとも礼儀正しい人であったし、また話題も合う人だった。上智の哲学科の女子大生が作ったという映画を東中野の映画館に観に行かれたという話しを聞いた。何でも中森明夫と監督の女子大生がトークショーをしたりしたらしい。興味を持ったのだがその週は文フリのための原稿を書かねばならないときで結局観に行かなかったのだが、職場の上智OBにその映画の話を聞かせたら、なんと監督とは知り合いの知り合いくらいで接点があるらしい。

文学フリマ当日も色々と嬉しい出会いがあった。まず、いつもブログを読ませてもらっている虹釜さんとお会いできた。(虹釜さんのブログ) 大里先生の話などをした。本を買わせてもらったのだが、正直現代音楽とか現代芸術についての教養が皆無である私に理解できる内容が書いてあるかわからないけれども、『ゲーム史』はパラパラめくってみただけでも物凄く面白そうだ。

また、私のブースを訪ねて来て下さった方もいた。西田吉矢()さんという方で、以前からライトノベルを批評的に読むことに関して私と似たような考えをお持ちだと思ってツイッターや読書メーターでフォローしていた。(西田さんのツイッターアカウント: @sakuran_nytk) 今現在大学生だという風に仰っていたように思うがはっきり言って私など話にならないくらい明晰である。西田さんが本格的にラノベについて発言するようになれば私の言いたいことは完全に言い尽くされてしまい、私などはいよいよ「ただの年とったオタク」になるだろう。いやもちろん今でも既にそうだけど。

あとは文学フリマでなるべく沢山買い物をした。こういうインディペンデントな市場でカネを使うということをチマチマ自己満足的に実践すればその蓄積が文字通りエートス化して何か良い事が起こればいいなと思っている。的なことを隣に居たガクショウに喋ったら「焼け石に水」と言っていた。確かに根本的な革命は依然として待ち望まれる。とは言えせっかく色々と買ったので、買ったものは全部読んでこのブログとかでレビューしてみたい。今まで文フリで買った本って、十冊買ってもせいぜい一冊読むか読まないかで、買う、という行為に満足しているのみであり全然精神や言葉を交換していることになってなかったのであるが、今回はもっと意識高く頑張って文フリで買った本を舐め回すように読もうと考えている。