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匿名・捨てアカでの発言について

文学フリマのお客さんが一人増えたよ!
レビュー書いてよかった。

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ま、こういう人々(でいいのかな?)がファン層(なのかな?)のマンガなわけだ。
まさかご本人とか利害関係者が降臨したりはしないだろうからなぁ。

というか「ネガキャン」だの「キチ○イ」扱いされてる俺のほうが本アカで、作品を擁護する立場で批判してきてる人が捨てアカってどういうことなの。

今回の件で匿名批判をしている人の気持ちがすごくわかった。ような気がする。一貫したペンネームがないと本当に「便所の落書き」レベルの言葉が出るんだなぁ……。そしてアマゾンってのは、当たり前だけどレビュー投稿サイトじゃなくてショッピングサイトなんだよな。カネが絡んでるわけだ。そりゃあ、色々と必死になってもおかしくない。色々不思議なことが起こってもおかしくないよ。人によっては、生活がかかっているんだものな。

とりあえず今日から俺も匿名での発言というか、捨てアカでの発言に対しては批判的になることにした。とはいえ自分自身実名はネット上に出してないので、実名は晒してなくてもペンネームがあるならOKという立場をとろうと思う。匿名は卑怯、というか、卑怯と言うのもあるけれど、まず会話が成り立たないというのがなぁ。あまり実りのある話ができない。今までの経験上。

こういう経験がどんどん積み重なっていくと、小谷野敦先生やショウペンハウエルのように匿名はダメだ、何かを批判するなら実名がわかるように(明らかに)すべし、ということになるのだろうな。しかし今のところ自分はネット上のハンドルネームを用いるだけで不都合を感じたことはない。実名を晒すべし、というのは、作家や学者や評論家などの著述業を生業としている人がペンネームを変えたり隠したりしてコソコソ批判してくるのが卑怯だ、ということなのだろう。つまり、ただのサラリーマンである自分にはネット上のハンドルネームさえあれば足りる気がする。サラリーマンが誰か作家を本名で叩こうがハンドルネームで叩こうが一消費者の意見という意味では同じである。もちろん自分の会社の産業がかかわっている場合にはこの限りではないだろうが……自分の会社の業界周辺については、私はなるべく沈黙するようにしている。

匿名の人から批判的なご意見を頂戴したのは、このブログだと、昔紀伊国屋のブックフェアを叩いた時に一回あった。あとはこないだ原発のことについて書いたときかな。原発はまあ良いんだけど、紀伊国屋のときは正直なところを言えば少し書店の利害関係者なのかと疑った。匿名だとそういうのが区別できない。利害関係者が一ファンを装って批判してくるのはかなり卑怯だと思う。利害関係者ならそう名乗って堂々と反論してきて欲しい。もし相手が利害関係者であれば、こっちとしては一ファンを相手にするのとは違って議論したいことが多々あるのだ。そしてその中には利害関係者が顧客との関係上必然的に答えねばならぬ論点もあろう。そういう論点が利害関係者にとって弱点であるような場合もあろう。しかしその利害関係者が一ファンの振りをして匿名で反論してくると、本来衝くことのできるその弱点は問われないままに、あたかも熱心なファンがいるかのように工作することができてしまう。これは詐欺というかサクラである。私は実名を晒してこそいないが、私に対する反論にはずっと一貫してこのアカウントで無視することなく応答してきた。私に反論するなら相手も自分が疑いなく一ファンであることを公表するために本アカあるいは一貫して使用しているアカウントで応答すべきである。でなければサクラ・ステマの疑いを免れ得ない。

というわけで、私はこれから捨てアカでの反論に対してはサクラ・ステマとの区別が不可能なため、適当に答えるか無視することにする。こう決めておけば節約できる労力もきっと莫大だろう。