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hkmaroのブログ

読書の感想など

有楽町に園子温の『希望の国』を観に行ったら隣に座った一人で観に来てた女の人がえらい泣いてて萌えた

園子温の映画をわざわざ有楽町くんだりまでやってきて一人で観て、しかも泣いて帰るというところが良い。

昨日はM岡さんと一緒に有楽町のヒューマントラストシネマという所に『希望の国』を観に行ったわけなのだが、映画というよりその一人で来てた隣の女の人が良かった。実は私は映画館に一人で行ったことがほとんどない。数回しかない。その数回も多分全部早稲田松竹である。一人で映画を観に行く人の行動力にいつもあこがれている。

それにしても映画そのものはまさにクソと言っても良い出来だった。M岡さんに点数を聞かれて22点とついうっかり答えてしまったが、今から振り返ってみると0点と言ってもよかったなあ、と思った。前々から思っていたことだが、園子温の映画のシナリオというかセリフ回しがいちいちイライラする。そんなこと喋るやつ現実にいねーよ! マンガかよ! といつも思う。変に書き言葉的で、非常にイライラする。とにかくイライラする。早く映画終わってくんねーかな、という気持ちになる。喋り方がマンガのキャラを模倣してるような、もはや今の時代散々戯画化されてしまい絶滅を危惧すらしかねない例の一人称が「拙者」とか「我輩」とかの思わずぶん殴りたくなるようなオタクの喋り方を延々二時間超聞かされているかのような気持ちになる。

あと、映画に出てくる悪役というか悪意の人々がほんとに誇張されすぎてて殺したくなる。「そんな露骨に嫌味言う奴いねーだろ!」と激しく突っ込みたくなる。しかも悪意の人として出てきた人が簡単に「実は良い人」的な描写がされてひっくり返ったりしてて分裂しすぎである。園子温って人は真面目に映画を作ってないんじゃないか。それとも映画を作るうえでああした誇張は必要なのだろうか。だが園子温以外の監督の映画にはあんな露骨でテキトーな誇張をしてない映画も沢山ある。本当にイライラする。そしてシナリオもちゃんと推敲してないんじゃないかと思える箇所がいくつかあった。無意味に同じ内容のセリフを繰り返すのとか辞めて欲しい。イライラする。あんなクソみたいな映画を撮る監督がなんかサブカル系(オタクと対比された意味での)の人々に祭り上げられているのは本当に私には理解できない。まあ、サブカル系の人々はそういう誇張された世界観で生きているということなのだろう。毎月クイックジャパンとか読んでれば理解できるようになるのかなあ。いまどきのサブカル君がまだそういうの読んでるかは知らないが。

シナリオがクソだとどんなに技術的に頑張っていても映画はクソになる。それはこないだ『ダークナイトライジング』を観たときにも私の仲間内で話題になったことであった。