hkmaroのブログ

読書の感想など

日記

十月十四日

昨日はM岡さんやガクショウたちと『アウトレイジビヨンド』を観に行った。たけしの映画はヤクザを描いているにも関わらず組織の官僚主義というかスノビズムを描く。ヤクザというのはアウトローであり文字通りロー(秩序)の外側に居る筈なのだが、そのアウトローが秩序に振り回されまくり、という逆説がある。ヤクザの偉い人に「あいつウザイよね」みたいなことを言われた子分がそれを過剰に解釈して「あいつ」を殺してしまったりとか、あるいは偉い人が明らかに二枚舌なのにそれを簡単に信じてしまったりとか、つまり「偉い人」の名前の影響力とかそれにひれ伏してしまう子分たちの様子を描いているように見える。たけしはそういう過剰な秩序の中で振り回されたあげくに怒って銃を撃ったりとか「偉い人」に楯突いたりする役だ。しかし今作では秩序が壊れていく様もが描かれているところが前作と対照的だったと思う。あとは大して感想もないのだが、しかし作中たけしが「もういいよ、帰ろ」と言うシーンがあるのだが、どうもあそこは他の人たちの感想を聞いていると笑うところだったらしい。「素じゃん!」みたいな。つまり、それ演技じゃないだろ! というツッコミを入れるべきところなのらしい。しかし、あそこでたけしが素になる、というのは笑えるということ以上に秩序にたけしが参入できてないことを遂行的に示す場面として重要なのではないかと思う。木村と「兄弟の杯」交わすところでの歯切れの悪い傍観者じみた返事も同じような価値を持つように思う。

映画の後は喫茶店に入って感想を話して、そのあと居酒屋の「えん」という所に入って四時間ぐらい飲んだ。「わん」と区別がつかず入ったが、結構値段が高く、しかも料理の量は少なく、普段行くような店とはちょっと雰囲気が違った。何話したかあまり憶えてない。おぼろげながら憶えているのは、今度のハヤカワSFコンテストの審査員が東浩紀神林長平小島秀夫だというので、「そんな賞はショッピングモールにスパイが侵入したところへAI搭載型戦闘機を突っ込ませとけばいいんですよ!」と自分が言ったことだ。それはダメだとか、いや面白そうだとか言われた気がする。そのあと名前もわからないつけ麺屋に行って大盛りを食って帰った。また電車を寝過ごしかけたが、幸運なことに乗った電車が新所沢駅止まりだったので助かった。駅員に膝をぺしぺし叩かれて目が覚めた。西武線に引っ越してから寝過ごすことが多くなっている。学生時代はいくら飲んでも寝過ごすことはなかったが、これは単純に飲んだ日はアパートに帰らず朝迄遊んでいたからだろう。サラリーマンになってからは、山手線沿いに住んでいたころ一度だけ品川まで乗り過ごしたことがあった。しかしその一度だけである。西武線に住んでからは、最初の半年くらいは良かったが、それから度々寝過ごしている。本川越までいかなくとも、一駅二駅の寝過ごしも含めるとかなり寝過ごしている。今週だってもう寝過ごすのは二回目である。西武線には何か寝過ごしやすい理由があるのだろう。それか私自身の体質が電車で寝る体質になってしまったのかもしれない。特に電車で英語の本を読み出してからはほぼ毎回電車で寝ていた。帰りの電車では寝る、という風に体が条件付けられてしまったのかもしれない。

酒を飲んだときに記憶がおぼろげになりすぎだと思う。もう結構頭が劣化してきているのかもしれない。

十月十五日

海外の左翼の人が、ノーベル平和賞がEUに贈られることに対して怒っている。ノーベル平和賞は、それが与えられることによって政治的な問題を諸国民の目にも触れるように話題化する政治的な力があるし、それを有効に使ってコスモポリタンの意識を喚起する政治的な義務があるのに、EUなんか別にピックアップするほどの紛争問題を抱えてるわけじゃないんだから賞あげても意味ないし、しかもEUなんか平和のためになんもやってねーんだから、「六十年間平和に過ごしてきたから」とかいう理由でくれてやる意味がわからない、ということなのらしい。海外の左翼はEUが嫌いである。日本では、EUは色々な国を横につないでいて良いものだ、となんとなく思われがちだと思うのだが、海外の左翼の人からすればEUは加盟各国におけるファナティカルなライトウィング政党を組織化する機関でしかない、らしい。