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hkmaroのブログ

読書の感想など

合田正人先生の授業をもう一度受けたい。

合田正人先生の授業を受けていたころは本当に楽しかったなぁ……。今はアランの『幸福論』でいきなり一般人にも有名になってしまった合田先生であるが、ようやく先生の素晴らしさが大学の外の世界に認められたのだなあ、良かったなあ、という気持ちだ。合田先生はサルトルについて書いた中高生向けの本で、自分は電車に乗れないんだ、ということを書いていて、意外に思ったし、正直に言えば電車に乗れない先生だからこそより興味を持ったような部分もあった。合田先生の授業が今一番役に立っているなあ。もちろん、世俗の生活に役に立っているというわけではない。ものごとを考えたり解釈したりするにあたって、合田先生の授業ほど優れた授業はなかった。法学部に行っていたにもかかわらず、合田先生の倫理学の授業こそ最も熱中して聞いていた。色々なことを授業では聞いたはずだが、私の頭が悪いからか一部分しか頭に残っていない。それでも大いに役立っている。最も印象に残ったのはモンテーニュスピノザについてである。合田先生の授業を聞いていなかったら、私は一生モンテーニュスピノザも読まなかっただろう。ハイデガーについての授業は難しくてよくわからなかったが、しきりに「内と外」と言っていたことが非常に印象に残っている。合田先生はホワイトボードに円を描いて、その線に対して、円の内側から矢印を引き、「ココです!」と言っていて、当時のアホな留年生だった私はなんのこっちゃという状態だったのだが、あれは超越論的なものを考えるにあたって非常に重要なことを仰っていたのだと後になってようやくわかった。あの矢印が、円の外側へ突き出ていないということにはちゃんと意味があったのだ。ほんとにすごい。「内と外」の問題をあんなに簡単な図にして的確に表現できるのは合田先生くらいのものだろう。できることならもう一度学生にもどって合田先生の授業を受けたいなあ。もういっぺん勉強しなおしたい。勉強しなおしたいのに、カネとか時間とか心の余裕とか色々あってできないんだよなあ。本当に世俗の生活とはいったい何なのだろう。本当に考えたいのは「内と外」とかそういうことなのになあ。授業は受けられないから、先生の本を読んで満足するしかないか。『ジャンケレヴィッチ』とか、マジで読んでみたいんだよなあ。でも、先生の本って難しいんだよなあ……講義は滅茶苦茶わかりやすくて感動するんだけど。