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hkmaroのブログ

読書の感想など

八月二十一日

芳林堂の5階で『自虐の詩』の文庫版上下と『バイオの黙示録』買って帰る。その後4階で『社会を変えるには』(小熊英二)と『無為の共同体』(ジャン・リュック・ナンシー)買って帰る。いずれも読む確率は20%くらいであろか。各駅停車の電車にのって、じっくりと『自虐の詩』を読んだ。上巻の解説でネタバレするのって、マンガの文庫版とかではよくあるけれど、マジでやめてほしい。しかしこのマンガは『私モテ』とかが一瞬で消し飛ぶ迫力を持つマンガである。すごい。昨今の残念系ギャグに比べると階級の視点がはっきり盛り込まれているし、人間集団の力学に関しては残念系なんかよりも現在でも百倍リアルに通用する言えよう。まあ、もちろん『私モテ』的な現代の残念系にも独自のいいところはあって、それは経済的な階級とは独立したコミュ力による階級というものを考えることが可能であり、かつコミュ力による階級格差が経済的な格差をも帰結しうるということを描きうる点である(もちろん世間一般の残念系ギャグが後者の過程を描くことはまずないのではあるが)。経済格差からコミュ力格差が生まれるのか、あるいはコミュ力格差から経済格差が生まれるのか、どっちも確かにあるとは言えそうだが、どっちの動きに人々が敏感になっているのかの差が興味深い。『自虐の詩』では貧しさがコミュ障の幸江(たち)を生んだわけだが、『私モテ』的な残念系においてはコミュ障であることが貧しさを帰結する(作中では描かれないが、多分そういう意識があるのではないかと私は予想するし、現実社会はどんどんそういう風になってっていると感じる)。