hkmaroのブログ

読書の感想など

書くことによってしか思索し得ない

本当は「書くことによってしか人間は思索しえない」という全称命題にしたいところなのだが、私的な経験をしか持ち出すことができないので、あくまでも個人的な公準なのであるが、書くことによって初めて私は思索をすることができる。電車の中では常に本を読んでいるが、考え事をしたいときなどには本を開かずに景色でも見ながら思索しようとして、しかし結局は実りのある思索はできたことがない。仮説めいた命題を生み出すことすら一度たりともできはしなかった。ある程度整合性のある思索をするためには書かねばならないのだと思い知った。本を読みすぎる人でバカな人がいるのは、書かないためではないのか。

今日も吉本隆明の『完本 情況への発言』を読んでいる。はっきりいって私の人生はお先真っ暗であり、これまでに良い事などほとんどなかったし、これから先も良いことなど一つも起こりはしないだろうという運命的な予感がしているのであるが、しかしこの本を読んでいるときだけは人生の幸せを感じる。

A・二十六歳。高校時代、兄弟中で秀才であり、東大受験を志して失敗したことがある。東大でなければ人にあらずという観念をもっていたことを指摘されると狼狽する。受験失敗を契機に異常な拒否的な言動が眼立ちはじめた。ある出版社に臨時雇いで勤務中に、労働問題が起こった。同じ会社に勤めている関心をもった女性からそのときの態度を非難されたことが、そのあとの妄想体験に深く結びついている。じぶんは政治運動家であるから、生活費を出すのは当然であるという論理から片親兄弟から排斥されている。時々兄弟を訪れては寄食し、生活費と小遣銭を獲得している。主たる妄想は、日常の行動はすべて某出版社の差し金で出動した警官、私服刑事に監視されている。そして絶えず自分に嫌がらせをやる。(中略)連合赤軍事件のようなものを予言したら、それが当って、それが嫌がらせをうける原因になったという。

Aの政治的関係の特徴はどこにあるのか。(中略)かれの妄想はどんな日常生活にかかわることでも、すべて非日常的な政治性の次元に<画像>を還元されていた。(中略)じぶんで働いて生計をたてその上余力があるならば政治的な問題にかかわるという発想でよいのに、どうして働いて自力で生活を立てようとしないかと問うときに困惑を示すとともに、じぶんは革命的政治運動に従事しそのために権力警察に監視されたり嫌がらせをうけたりしているのだから、ただのサラリーマンである兄弟がじぶんの生活費を提供するのは当然であるという態度をほのめかしもした。(中略)妄想的な関係づけは政治とかジャーナリズムとかいう共同的な<画像>の世界に吸収され、吐き出される仕組みになっていた。妄想が不随意的に(というよりも不随意であればあるほど)襲来する苦痛を除けば、Aを悩ましているのは日常性が<空無化>してゆき、生活存在の根拠も希望も手がかりも自信ももてないところで存在しているという苦痛であった。政治的な<画像>の世界に追い込み、そこに存在の根拠をつくりあげていることと、妄想をその<画像>の世界にひき込むこととはまったくおなじことを意味した。

上記のAのことは、まったく一時期の自分のことを言い当てられているかのような気持ちになった。さすがに妄想はしていなかった(と信じたい)が、<画像>の世界に存在の根拠を作りこんで日常性が<空無化>しているのは、今現在の自分も同じことだ。また、現代のネット右翼をも連想する。

だが、そうしたら、<画像>の世界にいながらにして日常性が<空無化>していない者、つまり「クリエイター」様や「アーチスト」様はどうなのか、つまり、「表現」「芸術」によって<画像>を刷りまくってAのような若者を惑溺させておいてしかも金を簒奪して自らの日常性の糧にしておきながら、Aのような若者を妄想のままに見捨てる偉い人々は一体どの面を下げて威厳を保っているのか。この問題について吉本は、いつもの調子でAみたいな若者を切り捨てることはせず、以下のようにも述べることによって、間接的に答えているように私には読める。

だがAやB(引用者註:Bとは、Aと同様政治的妄想にそまった人間のもう一人の例)に感ずる悲哀は(中略)どうしてもっと人間の精神はたたかえないのだろう、またどうして精神の衣を脱ぎすてることによって病理的な崩壊を免れるはずなのに、精神の衣の方は<構え>をますますかたくなに強がりや弱がりにおいやることで、自らを精神の疾病にみすみす追いやるのだろうかという悲哀である。精神が病的な領域に陥ち込むことによって、楽天的に居直ってしまう人間存在のいじましさの悲哀である。とくに政治的関係妄想の悲哀ともいうべきものはどこに由来するのかと考えるとき、陥ち込むように感ずる悲哀である。憤りといってもよい。


吉本は宮台のように、アーチスト症候群にかかった若者を、アーチストの立場から「アーチストになんかなれないんだから夢をみるな」などと強弁しないところに、私は信頼を置いている。宮台たち新人類世代の批評家は、大塚英志に特に顕著だが、批評家の発言に対して反発心を抱かせることによって読者の問題意識を覚醒させることに批評家の仕事の意義がある、などという明らかな逃げ道を用意している精神の薄汚さ、売文根性に大きな問題がある。そうすることによって得られるのは常に金でしかない。