hkmaroのブログ

読書の感想など

昨日は若松孝二の『キャタピラー』を見た。近所のツタヤにDVDが置いてあるのを見つけたので借りた。若松孝二の映画は面白い。話のテーマ自体は重いんだけど、映像の演出とか技術が妙にチープな感じがしたり、歴史的な内容なのに今風の著作権フリーの曲みたいな安っぽいBGMが使われていたりする。エンディングテーマが元ちとせの『死んだ女の子』という曲なんだけど、これも映画の内容と合っているようで合ってない。このちぐはぐさ加減が、一体どういう思惑のもとで作られているのか謎なのだが、しかしこの映画で主演女優の人がベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したという話が喧伝され、映画の中身を見てない人には、なんか国際的に評価されるような真面目な反戦映画なのだと思われてるであろうことも不思議な感じだ。真面目は真面目なんだけど、しかしそれは世間一般の人が反戦映画に抱いているであろう真面目さのイメージとは全く違う。

そういうある程度間違ったイメージを故意に映画にまとわせようという宣伝手法なのかも知れない。そうだとしたらこれは非常に成功していて、色々と見習うべきところがあるように思う。

そういえばガンダムの監督とか押井守とかも、プロデューサーには適当なこと言って金をせしめ、その金でスポンサーの思惑とは全く異なる自分の好きな映画を作らなきゃだめだ、などということを言っていたような気がするが、まあ、この二人のやっていること(それが本当に行われたのだとすれば)は詐欺寸前であってなかなか万人には真似できることではないけれども、しかし、実際に作品の中身を見てくれる実質的な客と、作品の中身までは見ずにイメージだけがあれば良いという層とを分けて考えるのは非常に有効ではないかと思う。後者は『キャタピラー』で言えば、同作品を真面目な反戦映画だと思っている大衆であり、またガンダムで言えばそれで商品が売れて儲かるスポンサー企業の偉い人たちである。これらの人びとにとっては、作品の内容が実際どうであるかはほとんど関係がなく、とにかくそれが世間的にウケていれば良いのである。そういう意味では、スポンサーやプロデューサーをダマす、というのは、一つの賢いやり方ではあるが、しかし金が動くわけだからダマした時点で犯罪スレスレである。

こうした話は映画製作においてのみ参考にできる話ではなくて、我々の日常生活においても見習って生かすことができるのではないだろうか。つまり、人の話は適当に聞き流しておけばいいのではないか。にっこり笑ってうなずいておけば大概の問題は万事丸く収まるのではなかろうか。こういう話をすると日本人の本音と建前が……という話になりがちだと思うが、しかし本音と建前という分け方が日本人特有のものであるという話はイデオロギーだと思うので、これはある程度人類に普遍的に言えることだと私は思う。