hkmaroのブログ

読書の感想など

不徹底を排する

私の人生はこれまで不徹底であったし、そうであるがゆえに中途半端であった。私自身の性格がダメであることもその一因ではあるが、それによって必然的に中途半端な環境を自ら用意して、その環境を自ら託つという、どうしようもない人生を送ってきたように思う。それはそれで必然的な人生のレールなのであり、いまさらじたばたしてもどうしようもないのだが、それを変えようと意志することは自由だ。客観的には変えようのない人生であっても、内面で変えることを思惟することが可能であれば、そう思い込むことは勝手なんである。
これから先の人生は徹底的に過ごそうと思う。人生は自助次第であると同時に、自助によって向上するかどうかは運次第なのであるから、その時その時で場当たり的に最善と思われる判断をするしかない。世の中に棹差してリア充することは不徹底の最たるもので、つまり不徹底を徹底した者の姿なわけであるが、私は不徹底すらをも不徹底に生きてきた。今後は徹底を徹底することにする。何が言いたいのかわけがわからないと思うが、要するにオールオアナッシングに生きると決意した。義理や人情などの醇風美俗よりも優先すべきものが、今現在の私にはある。場当たり的に、場当たりを否定して生きる。もはや言葉が意味をなさないが、今朝未明に訪れた突然の決意を抽象化して表現すればこうなる。徹底して一つのことにこだわり、徹底して断罪せねばならない。かといってそれを私のような不徹底にまみれた人物が本当に徹底できるかどうかは疑問なのだが、しかしそうしようと考えることは自由だ。そういう心がけを、これからしようと思う。まずできることは人付き合いを変えることである。気に入らない奴は徹底してパージする。