hkmaroのブログ

読書の感想など

三島由紀夫の文化意志を捉えなおす

今日は西友で洋食特盛弁当とかなんとかいう弁当を買って家に持ち帰って食した。昼はあったかく、夜は寒い。今の季節は太陽は暖かく、風はやや寒く、最も気持ちの良い気候だ。これがもっと寒くなってくると、次第に自然が人間と敵対するものであるかのように思えてくるのだが、すると文明の利器がやけに頼もしく思えるようになる。人間が趣味としてわざわざ野営のための野営を行うのは、自然のこの敵対性を感じるためであろう。自然のこの反発力を感じることは、道具を用いることによって初めてなされる。冷たい激しい風を防いでくれるテント、そのなかで儚い明かりを放つ蝋燭、凍えた足を暖める毛布、カセットボンベ、沸くお湯、簡易の、しかし温かい食事、寝袋……これらそのものが、その総体が、人間が自然を感じていることと同値である。より詳しく言えば、これらの道具を媒介にしてしか人間は自然を感ずることはないであろう。裸の体が自然を感じることはない。なぜなら人間の体は自然であるからだ。

ある作品に、我々は作者の無意識を読み取るべきであろうか。正確に言いなおせば、我々は作者の無意識など読み取れるのであろうか。そこで読み取っている無意識は、我々自身の願望だとは言えないであろうか。無意識に関するすべての評言は評者のこじつけなのではないであろうか。しかし、無意識というよりも作者の無自覚な意識というものは作品ににじみ出ていることはある。マルクス主義者やフェミニストのめざす批判とはすなわちこれである。その批判の言葉が正しく運用されている限りでは、批評は成立するだろう。しかし、無意識という考え方は、それ自体が精神分析的な発想であり、かつ構造主義的な発想であって、言い換えればオカルトではないだろうか。無意識という概念が、そういう過去の遺物に依拠しているのではなくて、最先端の心理学や脳科学の知見に基づいているのだというのならば、もはや私は謹聴するしかないのであるが、そうでないのならば、その無意識に投影されるのは評者のこじつけにすぎない。それがこじつけでないことを証明するのは、類似の作品がどのように歴史的な変遷をたどってきたかをさぐる地道な作業でしかない。その作業をスキップして作家の意識を超越した何かを語ることはできない。あらためて三島の考えた文化意志という概念の可能性を思う。この概念を画期的な言葉として再興させることはできないだろうか。我々はこの手に自然科学も歴史も持たずに批評をはじめるのであれば、まずはその作品を虚心坦懐に読まねばならないわけだが、そこに作者の意図を読み取ることは当然に必要であり、作者の意図と作品自体とを互いに照らし合わせて浮かび上がる何かであるとか、あるいは両者が矛盾している部分をこそ衝くべきであって、作者の意図と作品自体とがまるで重ならない部分に作品の本質を見出す権利は、人間を生理学的に解き明かす知恵と歴史の知恵のみが持つ。作者の意図と作品が重なり合う部分が文化意志の最初に芽吹くところである。文化意志が意志である以上、それは人に宿るものでなければならないから、当然に作者の意図を無視することなどできようはずがない。文化意志は作品に託されて伝播してゆく。作者の意図はある不正確さで、作品を受容するものの心に伝わる。すなわち文化意志は、各々の読者に各々の不正確さで伝わってゆくのであるが、この様々に不正確な文化意志たちが漠然と共通に持つものが、次の世代の文化意志の無意識を支配するようになった、はじめの文化意志である。では文化意志が伝播する過程で何が正確な伝播を妨げているのであろうか。モナドは窓を持たないのであるから、正確に伝わることなど本来ありえないと言えばそれまでなのだが、しかし例えば全くおなじクローン人間のような個体同士であれば、このような不正確さは極小化されるはずである。この不正確さの原因が、社会的諸条件の違いであることはつまり自明である。ゆえに、文化意志は、作者の意図と作品と、そして社会的諸条件の変化とが混ざり合って伝播してゆくのである。文化意志的な批評というものがもしありえるならば、この三つの軸を無視しては決してありえないし、それどころかこの三つ以外のものから解を導くことも決して許されない。そして作者の意図、つまりは作者の文化意志は、その中に無数の歴史的諸文化意志を織り込まれている。もちろんその歴史的文化意志はある不正確さで伝わったものに他ならぬ。文化意志的批評は、自在に、その不正確さの歴史を辿ることもできるし、あるいは正確に伝わった部分のみをフォーカスして批評することもできる。作品は、無数の不正確さと正確さを託されて、社会的諸条件の変化という壁を突き抜けて、あたらしい文化意志へと漂着する。
しかしここで三島の残した謎めいた命題が問題となる。すなわち、厳密に言って、一個の文化意志は一個の文学史を持たねばならないのである。三島が文学史という言葉によって意味していたものは、一つの民族の文学史であるから、つまり「厳密に言って、一個の文化意志は一個の民族の文学史を持たねばならない」のである。だが、もはや民族が一個の文学史を持つ時代は過ぎ去った。たとえそれが文化の要請であったとしても、一個の民族はすでに複数の文学史を持つ。ならば我々日本人は複数の文化意志を同時に自らの文化意志に織り込まれた存在なのである。これによって三島の文化意志概念が有効性を失うかというと、これはまるで逆であり、今こそ最大の効果を発揮する。なぜなら、複数の文化意志が並列的に影響しあい、時に角逐する時代であればこそ、個別の文化意志の輪郭をはっきりと捉えることが容易になる時代はなく、むしろその輪郭は文化意志という概念なくしては雑多な観念の寄せ集めにより形成されていると見えてしまうことから、ますます我々自身の文化意志がどこからやってきてどこへ伝わっていこうとしているのかを解き明かすための方法が、待望されているからである。