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hkmaroのブログ

読書の感想など

日記

昨日は台風が東京を通っていった関係上、電車がとまっていた。西武新宿線をいつも使っているのだが、夕方五時前からとまっていたらしく、夜八時半頃から恫喝まがいのクレームが駅員に浴びせかけられるようになった。クレームを出しているのはチンピラ風の酔っ払いや、白髪で薄毛でメガネで背の低いチャンネル桜とか見てそうな何らかの「先生」と思しきおっさんであり、対するクレームを浴びせかけられていた駅員は二十歳前後くらいの駅員ばかりであった。「早く電車を動かせ」「動かせないなら情報を出せ」と繰り返すばかりで、「同じ放送ばっかり流すな」という自らの主張に対する矛盾に陥っていることに気付かないでいた。酒臭く、酔っ払っていたところから推察されるように、自分たちは混んでる中並んで待ったりなんかせず、どうせ電車なんかうごかねえんだからちっとそこらで飲んでくか、などの調子でひっかけ、山手線が動いたとか動かないとかの情報を居酒屋のテレビで仕入れ、どれ西武線もそろそろ動くであろうと踏んで駅に舞い戻ってきたはいいが、予想が外れて動いておらず、自らの華麗な計画が阻止されたのに酔いもあって過剰に腹を立て、駅員に不満のたけをぶちまけるという、六十にもなろうというおっさん、もといじじいがあえてするにはいかにも幼稚な行為に及んだのであろう。驚いたのは、二十歳前後くらいの、まだ高校生といっても通じそうな感じの若者が、五人くらいで集まって現場をどうするかの相談をしていたところであり、こんな若者がいざというときには自主性を発揮できるような職場が鉄道会社なのだと思い、自らのショボイ境遇と比べて早く仕事を変えるべきだと再確認した。仕事はやりがいのある自主性の発揮できる仕事であればなんでもよい。バイトでもよいが、そろそろバイトでも雇ってくれるのは肉体労働関係くらいであろうから、何らかの元手が少なくはじめられる自営業をするのがよいと考えられるがさて。せどりぐらいしか思い浮かばない。

今日はドストエフスキーの『悪霊』を読み始めた。すこぶる面白い。まだ冒頭なんだけど、仕事をしながらインテリ的な話題に花を咲かせたい人々が夜毎集まる、町の社会人サークルみたいな集まりの話が出てきて楽しい。こういうサークルを作りたいと丁度思っていたところで、ますます実行に移す気が増した。夜毎はさすがに無理でも、毎週土曜日とか、あるいは毎月十五日前後とかに集まれる人だけ集まって政治談議、文学談義、サブカル談義、そういうものにうつつを抜かす会を作りたい。こういう話題はそれ自体ではその人の栄達になんら関わりないので、だからこそメンバー同士の足の引っ張り合いみたいなものに発展せず純粋に面白いのではないだろうか。ステパン氏という教祖的な人物がそのサークルに居るのも特徴的で、そのような人物を私の理想のサークルにも据えたいものだ。つまり、昔ちょっと有名だったけど今はもう全く名声を失ってしまった零落した文化人というか、もとインテリみたいな存在をつかまえて教祖に祭り上げたりしてみたい。