hkmaroのブログ

読書の感想など

日記

今日は後輩のK君とS君とで集まって今度文学フリマで出す予定の本の企画会議を行った。なかなか有意義な話し合いができたように思う。マクドナルドに集まり、萌豚だとかアニメだとか労働などについて語り合った。こういうことは学生時代にこそするべきだった。しかし学生時代には遊びと読書を半々くらいでやったので、それを踏まえた上でしか本を作ろうなんていう考えは出てこなかったと思うので、まあこれでいいのだと思うことにしよう。しかしアニメの話だとかギャルゲーのトポロジカルな歴史的変遷などについて熱く討論している横で、公認会計士の資格試験の勉強会を開いているピチピチの男子大学生二人組が居て、彼らは俺たちの会話をどういう気持ちで聞いているのだろうか、心の中で笑っているのだろうか、それともキモオタがうるせーとか思っているのだろうか、はたまた練習問題に夢中で何も聞こえていないのだろうか、などと考えた。我々の耳には彼らの話声はまったく意識されなかったので、おそらく向こうも同じなのだろう。しかし、それなりに高い確率で彼らも我々の話に興味を持って聞いていたのではないかと思う。今現在の世の中、全然オタクっぽくない無害そうなおとなしい若者が、日々インターネットを利用する中で、明らかにオタク向けのアニメに触れる機会が増えたと思う。全然オタク的な趣味を持っていない人が、意外な深夜アニメを観ていたりする。当然深夜まで起きてアニメを鑑賞しているわけではなく、動画まとめサイトで観るわけだ。特にマクロスフロンティアなんかは、私の知り合いに限っても、全然オタクではないいたって普通の若者なのに観ている人が二人もいた。その昔マクロスといえばキモオタしか観てないアニメだったはずだが、それを思うとマクロスフロンティアは我々の知っているマクロスではないのかも知れぬ。その昔の普通の若者はきっとマクロスなんか絶対みなかったはずだ。そういえばちょっと前に対バンした、とあるバンドのイケメンボーカリストも、ツイッターではアイコンがまどマギだったり、ツイートはアニメの感想ばっかりだったり、それでいて尚且つリア充的な交友関係もあったりと、もはやオタク趣味はオタクにのみ共有されるものではなくなっている。リア充でもアニメ好きな奴は好きだし、萌豚御用達アニメを見ているという同質性のみでもって童貞的安心感に満ちたコミュニティを形成できるわけではない。このことは極めて重要だ。オタク間での格差というか階級の違いが昨今明らかになってきただけではなく、そもそもオタク趣味をするのにオタクである必要性すらなくなってきているのだ。現実に適応できないコミュニケーション弱者たちの救済の場としてのオタク趣味が、どんどん奪われていっているのと等しい。こないだ電車の中で、日に焼けた眉毛の細いヤンキー的な雰囲気のある高校生野球部員二人組みが、「賢者モード」などの単語を駆使してオナニーについて語り合っていた。ネットというメディアは誰にも分け隔てなく開かれているのである。ネットは、アニメは、オタク達だけのものではない。ドラマみたいなアニメが生まれるのも仕方のないことなのだ。アニメの話題を出汁にコスプレネーチャンを口説く男がいてもおかしくないのだ。いくら我々が嫌がってもそうしたものは必ず生まれてくる運命なのだ。本田透の本を速水健朗が褒めたりしてるのと一緒。現在進行形でそれなりにキモいオタクの当事者としては複雑な心境だ。別にリア充が本田透の本よんで感動しても構わないが、それは勝手な解釈でしかなく、喪男にしか理解できない密教的要素があるはずだ。そこを大事にしていきたい。

会議を終えたあと、コンビニで塩焼きそばとおにぎりと缶ビール買って帰宅。食って、ビール飲みながらこれを書いている。晩飯は既に食ってたのに、帰宅が遅いと夜食を食いたくなってしまう。明日は夜走ることにしようと思う。寝る前のビールは旨い。