読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

hkmaroのブログ

読書の感想など

日記

砲撃事件が話題になっている。砲撃事件の詳細や背景についてはわからないからなんとも言えない。朝鮮半島の政治情勢について詳しいわけでもないし、情報通なわけでもない。あたりまえだ。しかしネット上には情報通を自称して朝鮮半島に関する政治的なアレコレを「斬る」人たちがいる。これもある意味あたりまえだ。毎回繰り返されている光景だ。これら「正義」の人が最も滑稽だ。これらの人々が一番使命感にかられて言論活動を行っている(つもりである)ことは明白であるが、そういう人は往々にして陰謀論を唱えたり、あるいは陰謀論に動員される。また、もし仮に「正義」の人が正しいこと、真実に近いことを言っていたとしても、一般人と情報が共有されていないために、構造的に彼らの言うことが陰謀論にしか見えないという問題がある。

さて、砲撃事件そのものよりも、この事件の報道に最初に接したわが国の一般市民の反応について思ったことがある。わが国の市民たちの反応は何種類かに大別できるようである。

①専ら北朝鮮を批判する態度

これが最も一般的な反応だった。「また北朝鮮か」的な反応である。事実北朝鮮が問題行動を起こしたというニュアンスでしか報道されていないので、全く自然な反応だと言えるし、こうした反応を示した人々はさしたる危機感も持たずに日々の仕事や勉強や生活に戻っていった。

②朝鮮半島で潰しあいが起こっていると捉え、エンタメ的に状況の推移を見守り楽しむ態度

これはネット右翼の態度である。ネット上ではお祭り騒ぎが起こった。彼らは早速コンビニでポテチとジュースを買い込んで自室にこもり、テレビとPCに張り付き、民主党批判をも含めた状況全体をネタにたのしんだ。普段愛国者を気取っている彼らが、わが国日本にもこの事件に関連した被害が及びうるとしたらどういったものであるか、ということをほとんど議論しなかったし、今もしていない。エアコンの効いた部屋で「ボカロオリジナル」でも流しながら2ちゃんをやっていただけだ。民主党政権がたとえ口先だけにしろ「不測の事態」に備えようとしたのに比べたら、どちらが愛国的だと判断できるであろうか。

③事件に対する発言や行動を慎む態度

これは自称知識人や左翼に多くみられる態度だ。最も過敏に反応するべきであるはずの彼らは、インターネットというすぐに発言を公開できる便利な道具があるにも関わらず、来月か再来月発売の雑誌に自分の記事が載るまでは発言を差し控えるだろう。「足並みをそろえて」おもむろに、ゆっくりと、慎重に、状況を分析するだろう。その間自身のツイッターやブログに何を書くのかといえば、自分の関わっている小さなコミュニティに関係する「理論的」考察や「実践的」提言である。

もう一種類あるが、それは冒頭に述べた、正義に燃えた人々の陰謀論的な「真実」の告発である。

いずれにせよ重要なのは発言することであり、自分の考えを表明することであるということは確実である。発言しないことが一番悪い。むろん正しいことを述べることはほぼ不可能だ。私自身がそうであるように、朝鮮半島の政治状況が実際どうであるのかについては日本在住の日本人が知り得るわけがないし、それについて知ることができる情報ルートなど普通持つはずがない。それでもドンキホーテ的に発言をすることこそが議論の火種になるし、それがなければ市民一人ひとりの意識や民度は向上しない。その意味では正義に燃えた陰謀論者が最も偉く、①も②も政治に関心があるわけではないから全く偉くなく、③は政治に関心があっても発言しないからやはり全く偉くない。だから私としては「発言すべきだ」と発言することにする。