hkmaroのブログ

読書の感想など

賃貸物件をレビューすることは不可能か

世の中色んなものについてネット上でレビューすることが可能になった。これはまあ売る側の言い分が先行していた旧来の状態から比べれば良くなったと言えると思う。金で買えるものならほとんどのものについて消費者のレビューを見ることができる。もちろんまだレビューのついてない新商品やマニアックな商品というのも存在するが、レビューをつけることの合理的な側面が認知されるにしたがって、そのうちあらゆるモノがレビューされるようになるだろう。レビューつける行為(見る行為ではなく)には大雑把に考えても明らかな良い点と悪い点があると思うが、まず良い点を挙げてみよう。

①クソな商品を買ったときの鬱憤を晴らすことができる

これは非常に重要で、クソな商品を高い金払わされて買った時の怒りは当人にしかわからないものがある。まあ、それだけ我々が貨幣という媒介物に毒されているということをも同時に意味しているのであるが、とにかくこの怒りがレビューなどの穏当な形で解消されるならば非常に社会全体にとって良いことである。もしもこの怒りが解消されなかったら、消費者のクレーマー化・お客様化が促されるであろう。消費者のクレーマー化・お客様化が促進されると、売る側の末端労働者、つまり販売員やテレフォンオペレーターなどの搾取される側の人間に過度の負担を与えることになる。これは明らかに良くない。クレーマー及びお客様と、それに対応する販売員及びオペレーターが構成する、神経質で、金にうるさく、言った言わないの揉め事が頻発する社会が理想であると思う人にとってはこの限りではなかろうが。

②クソな商品の品質改善に資することができる

とはいえもしもレビューの効用が①のみだったとしたら、ぼったくられた消費者はレビューを書いてガス抜きしてまた搾取され続けざるを得ないということになってしまう。だがネット上のレビューが誰もが閲覧できるものであれば事情は変わるだろう。例えばマスな広告の効果により発売後すぐは大量に売れた一見人気のある商品でも、ネット上のレビュー数十件が軒並み悪いものであれば、その商品及びメーカーあるいは発売元は淘汰される。虚偽あるいは誇大の広告によって騙された人の経験談を誰もがみられるようになれば、広告通りあるいは広告に書かれている以上の有用性を持つ商品が生き残るであろう。これは明らかに良いことである。

しかし悪い点もある。それは、

①サクラや特定の利害関係者による虚偽のレビューが大量に投稿される可能性がある

これには任天堂信者に対するソニー信者、というような趣味における党派間の闘争も含まれる。もちろんどこに信者と一般消費者の境目を持ってくるのかは非常に難しい問題だが、例えば極めて単純に、一人につき二回以上のレビュー投稿は無効とすべきなのはあきらかである。しかし、現状一人の人間がアマゾンなどで複数のレビューを投稿することは極めて容易である。

②レビューサイトの管理者により検閲を行われる可能性がある

これは例えばアマゾンによる削除だ。アマゾンでは過激な罵詈雑言を並べたレビューは削除されることになっている。私自身、あまりにクソなラノベのレビューを正直に綴ったら削除された経験がある。もちろんそれにとどまらず、本であれば出版社などの要請により特定のレビューが削除されるということはあるだろう。レビューサイトの管理者は出版社からその分の見返りを受け取るということも想像できる。

以上二点はレビューの信頼性を脅かす。良い点悪い点を考慮した上でネット上にレビューが掲載されるべきなのかどうなのか判断してみれば、当然レビューはあまねく商品につけられるべきである。なぜなら悪い点の①及び②について、いずれも個人のブログやホームページでレビューを行えばある程度回避できるからである。特にブログで更新を行えば、最近はブログ検索という便利なものがあるから簡単にレビューの検索が行える。①については虚偽のレビュー文章を載せたブログが業者やその他利害関係者の手によって大量に作られたらやはり同じ問題が存続してしまうが、そもそも①的行為を行うことの利点は多くの人間が閲覧するある程度の規模を持つレビューサイト上において行うことによって(つまりつけられたレビューが悪いものばかりであるという視覚上の効果を演出することによって)得られるのであるから、個々のブログで同じ事をされてもその効力は半減するであろう。

しかし最近引越しをして思ったのだが、レビューは賃貸物件についてはほぼつけることが不可能である。大家からしてみれば引越し時期とレビューの時期を見て書いた者を特定することができてしまうので、物件をレビューしようという気が消費者の側に起こらないであろうし、たとえレビューを公開したとしても同じ物件に入居する人はごく限られた少人数でしかないからレビューの良い点②の有用性があまり得られない。レビューがつけられないということは同時に良い点①の利益を得ることもできない。賃貸物件に入居しての生活においては物件そのものの状態のみならず大家との関係や、近隣との関係や、住んでみないとわからない騒音の問題や、治安の問題などなどの記号的な物件情報に表示されない情報も非常に重要なので、例えば大家の人間性であるとか、近隣住民の人間性であるとか(多くの場合はどの程度干渉されるのかが問題であろう)、時間帯によってどの程度交通量や騒音が増減するのかであるとか、夜間にガラの悪い人々がうろついていないかどうかなどの情報を、ネット上で口コミ的に誰もが閲覧できるようになれば非常に有用である。言うまでもなく、住居や仕事場を選ぶということは日常生活上の極めて重大なイベントなのであり、レビューによって物件の透明性が高まるのであれば消費者にとってこれほどうれしいことはなかなかないはずである。ところがこの部分は依然としてネットの光を照らされておらず、大家と店子の不平等な関係が未開社会さながらに保存されたままだ。上記の記号化されていない情報は大家や不動産仲介業者によって一方的に与えられるのみというのが実情で、これは売る側の言葉だけが独占的に飛び交っているということを意味する。

であるならば、いずれはこの現代社会の暗い部分にも光が当てられねばならない。賃貸物件はレビューされるべきだ。どのようにすればそれは可能だろうか。思うにタグをつけることによって少しは可能になるのではないだろうか。今現在グーグルマップで賃貸物件の情報を全てではないにしろ見ることができるようになっているが、その情報にタグをつけられるようになれば今現在よりはマシになるのではないか。しかし、それがもし可能になってもグーグルが不動産仲介業者と手を結んでいる限り検閲を避けられないというかおそらく検閲しまくりだろう。そうであるならばもう方法としては引越ししてから数年経ってからもはや個人を特定できなくなった時点で物件や大家や近隣住民のことをボロクソにけなすしかない。当然建物名をはっきり書かなくては意味がない。しかも慎重にやらないと、正直に住んで不満に思ったことを書き綴ってしまうと色々と問題になるかもしれない。まあ、問題にするだけのコストを大家や不動産仲介業者が払おうと思うかどうかは結構微妙だが、中には頭のおかしい大家や業者が居てブログサービスに問い合わせをしたりしないとは言い切れない。そうするともう2ちゃんねるにでも書くしかないという話になってしまう。その時点である程度人を選んでしまうから情報の有用性や拡がりが半減してしまうが、まあ何もしないよりはマシかもしれない。というわけで前に住んでたアパートの大家のババアのキチガイ振り、しばらくしたら2ちゃんねるに書き込もうかなどうしようかな。