hkmaroのブログ

読書の感想など

とらのあなでライトノベルとホットミルクを買った。

とらのあなに行った。先日の日記でも書いたように、芳林堂高田馬場店のマンガフロアの品揃えに絶望して、今後本は別のとこで買おうと決めたからだった。今回は欲しいものがライトノベルエロマンガ雑誌だったからとらのあなに行った。有隣堂とか書泉に行ったほうが品揃えは良いし一般書籍もあるしで便利なのだが、とらのあなに行くとかなり高い確率でおまけがつくのである。このおまけが地味にうれしい。とらのあなにマンガとかラノベとかの過去の作品が置かれていないのは腹立たしい。とらのあなはおまけという付加価値によって私のようなオタクの心をつかんでいるので、基本的に新刊が出たときに付くおまけが目的でよってくるオタク相手には、過去の作品を置く意味がないのだろう。またオタクには自分達の文化の歴史とか教養といったものに対する興味関心が全くといっていいほどない。全く持って資本主義的な消費への欲望に飼いならされた生き物なのである。であるから新刊以外の需要は少ない。昔のマンガなど場所もとるし、上のような事情で回転率が悪いのもわかる。しかし例えば今月の新刊で、ラノベの十巻とかマンガの二十三巻とかが店頭に置かれているのが気になって、ためしに一巻を読んでみたいと思うこともある。しかしそのときとらのあなには一巻がおいていないのだ。これには疎外感を感じる。巻数を重ねているヒット作を一巻から買っていなかったセンスの悪い俺、というものを突きつけられているような気がする。別に売れてるから必ず良い作品だというわけではないのだが、少なくともオタク界隈での話題についていけてなかったということは事実である。だが、そのように巻数を重ねている作品を追いかけようと思うと途方もない金がかかる。オタク趣味には金がかかる。金が全てといって良い。よくケーブックスとかに大量に同人誌を持ち込んで売却している人とか、ソフマップに大量にエロゲーを持ち込んで売却している人などを見かけるが、あれには生活がかかっているのである。かくいう私も過去何度か生活が困窮した際にエロマンガやラノベを大量に売って糊口をしのいだことがある。売るときには店を選んだほうがよい。まんだらけに売るのは絶対にやめたほうが良い。驚くほど安く買い叩かれる。というか値段が付かないことも多い。10円でも5円でも買い取ってくれる分だけブックオフのほうがましだったりする。もらってくれたほうが荷物も減る。とにかくまんだらけはダメだというのは基本として押さえておきたい。ゲームはソフマップに売るのがよい気がする。なんでかしらないがやたら高値で買い取ってもらえる。もちろん在庫が余っているゲームが10円とかになるのは仕方がないけれども。マンガやラノベなどの本は、中古で買ったものなら値札をちゃんとはがし、小口についてる手垢などをやすりとかを使っておとして持っていくのがよい。その手間をかけるだけでも数十円買い取り価格が変わることがある。メシを食う金を削ってまでも同人誌とかマンガとかゲームとかに金をかけるのは現代では普通である。オタク趣味に中毒性があるとか、ストレスフルな現代人のガス抜きになっているというのもある程度正しいと思うけれども、それよりもオタク趣味はメシを食うのと同じような生活の一部であるというのが正しい。オタク趣味はやめたあとでも普通に復活する。一度本格的に数年間禁煙した人が再び恒常的にタバコを吸い始めるのが稀であるのと対照的だ。また働く必要のないほどに金持ちであるニートもオタクになる。ガス抜きと言い切るのも少し違うのである。働く必要もないのに働きたがる人がいるのと同じように、萌える必要もないのに萌えたがったり、集める必要もないのに集めたがるのがオタクであり、昔の哲人が思索する必要もないのに思索したのと同じようなものだろう。今だって学者と呼ばれる人たちは大抵の場合頼まれもしないのに勉強や研究をしている。

エロゲーは間違いなく新しい時代の総合芸術である。演劇から映画へと総合芸術のヘゲモニーが移って久しいが、これからの時代はポストモダンなのでエロゲーも演劇も映画もフラットに総合芸術として各々別の役割を担っていくだろう。エロゲー的なノウハウの蓄積はipadなどのアプリ形式の電子書籍に活用されるべきだ。しかしエロゲーはアニメやマンガの演出技法を参照しただけの閉鎖的な媒体でもある。エロゲーに映画的な技法が取り入れられればエロゲーは進化するかもしれない。しかしそれは「ハイパー紙芝居」とでも言うべき退屈な朗読劇にしかならないかもしれない。とにかくエロゲーという物語の形式はすごいんじゃないかという熱が自分のなかでにわかに盛り上がってきたので、今冬発売予定だというタイプムーンの新作は買うことに決めて、あとなんか先週の金曜に発売したのでいいのがあれば買いたい。

しかしラノベに加えてエロゲーもやろうということになるとまた金がかかる。貧乏人にはオタクはやれないという非常にヤバイ時代に突入しつつあるのだろうか。オタク文化の特徴はいわゆるオタクになる人々に社会の階級が関係ないことだと言う。貧乏人も金持ちも平等に似たようなアニメを見たり似たようなキャラに萌えたりしていた。だが現実問題として不況になれば極度に貧乏な人はマンガもラノベも買えないし、最悪ソフト自体はP2Pで落とすのだとしても、肝心のPCが買えないかもしれない。ネット料金が払えないかもしれない。ゲーム機などもってのほかだ。何のとりえも才能もなく友達もおらずもちろん金持ちでもない人が最後に光明を見出す場所としてオタクカルチャーは有り得ていたのだが、そういう人がオタクにすらなれないとしたら日本にはほんとに絶望しかない。