hkmaroのブログ

読書の感想など

大宮に遊びに行った

大宮に遊びに行った。大宮に遊びに行くのが好きだ。東京に住んでいるから遊びに行くのであれば池袋や新宿や秋葉原などにいくのが近いし色んなものがあるから良いはずなのだが、しかしアキバだとか繁華街なんかに遊びに行っても遊びに行った感じがしない。新宿や池袋は仕事でも行くし居酒屋ばかりが目に付くから嫌な気持ちになるし、アキバは街自体つまらなくなったこともあるが人が多くてだめだ。毎週土日は祭りみたいになっているが、こいつらはアキバに何をしに、何を求めてやってきているのだろうかといつも疑問に思う。ほんの6、7年前まではアキバは独りで行くとこだったと思う。萌え同人誌を求めてやってきている人々の中には友人と一緒にうろうろしている人もいたが、基本的には孤独に中央通り沿いを何往復もして獲物を求める場所であった。もちろん家電を買いに来る家族連れはそうではないかもしれないが、わざわざアキバに家電を買いに来るお父さんはオーディオファイルであったりとか工作マニアであったりとかしたのではなかろうか。当時は家族連れでやってきてもゆっくりと飯を食う場所もなかなか見つからないようなとこだったと思う。多分。それに対して大宮はよい。大宮は駅こそ巨大で人も沢山行き来しているが、街自体はこぢんまりとしている。ローカル性が残っている。大宮にはとらのあなメロンブックスアニメイトソフマップなどのオタ御用達ショップが一通り揃っているのが埼玉のオタクにとって重要だ。今の秋葉原よりも大宮に行ったほうがまだその昔の秋葉原に近い空気を味わえるような気がする。もちろんオーディオファイルや工作マニアは大宮なんかにいっても仕方がないのだが。オタク的にはアキバがすでに死んでいるのは自明なので、そろそろ周辺地域へのエクソダスを考えたほうがいい気がする。大宮もそうだし、池袋や新宿にも可能性はある。だが昔の秋葉原の何が良かったのかを考えたら明らかにそのローカル性に特徴があったのであって、その意味では池袋や新宿よりも大宮のほうが第二の秋葉原になる可能性は高いだろう。というか第二の秋葉原は東京周縁の色んな土地に色んな形でポコポコできてくるんじゃないだろうか。アキバが今現在みたいな感じでどんどん灰色に染まっていくのはかえすがえすも残念だ。確かにアキバのヨドバシは便利だけれども、それだったら新宿や池袋と比較した街としての機能的差異は感じられない。むしろショボイだけだ。アニメイトとらのあなメロンブックスの出店状況を見てみると、八王子や横浜には可能性を感じる。宇都宮にはメロンブックスアニメイトに加えてまんだらけがある。もちろん有名なオタショップチェーンの出店状況を見るだけではわからないローカルなオタ御用達ショップはあるだろう。立川のオリオン書房などはその典型だが、全国チェーン店があるよりもそうしたローカルショップが街にあるほうがローカル性の維持という意味ではむしろ良い。街の空気とはそのようなローカル性によってこそ維持される。その街の空気こそが街に固有の物語を作り出す。固有の物語こそが(形はどうあれ)人々の会話に乗り愛されるのである。例えばいまや全国チェーン展開しているとらのあななどは、秋葉原本店の階段やエレベーターがオタクの体臭で異常に臭いことは皆が知っていたし、「夏は特に臭いよね」などとネタを共有できたのだが、しかし夏にその臭さを嗅いでこそ「俺は秋葉原に来ているのだ」という実感が湧いたものである。最近は全然行かないので、今もアキバのとらのあなが臭いのかどうかはわからないが、すくなくとも池袋のとらはまだ臭いと思う。だが地方都市のオタショップ事情になると話はまた別で、地方都市として大阪や名古屋は当然例外であり、地方のオタショップはその県あるいは政令指定都市の中心的繁華街にしか存在し得ない。しかし地方の場合はあらゆるモノや流行が一箇所に集中しないと人も集まらないのでそれはそれで街のあり方としては仕方がないし、それで良いとも思う。最近よく話題になる地方のイオン型巨大ショッピングモールだが、あの中にヴィレッジバンガードなど入れなくて良いからとらのあなメロンブックスをこそ入れれば地方のオタの鬱屈はある程度晴れるであろう。しかしこないだ熊本の実家に帰った際、大きな国道沿いに「東方系同人誌売ります買います!」とかなんとかいう看板を出してるオタク色に過度に傾いた新古書店風の店を見つけたので、田舎にも(中古ではあるが)同人誌が交換される回路があるのだなと発見し感心した覚えがある。熊本にもメロンブックスはあるが、それよりもおそらくは福岡から流れてくるのだろう。

大宮ではラノベを二冊買った。『ねがいプラス!』と『緋弾のアリア』それぞれ第一巻。感想はまた後日書きたい。