hkmaroのブログ

読書の感想など

一人ゼミナールの構想

一人でネットラジオめいた番組として哲学史上の名著を手に入れやすい岩波文庫版とかを課題図書として発表をしていくという企画を考えているのだが、そのとき扱う本を何にすればよいか構想を練っている。もちろんそのためには哲学史の知識が必要で、そのために最近『概説西洋哲学史』を読んでいるわけだが、最初の一冊はとりあえずプラトンの『国家』にしておくことは決まっていて、さらに次をアリストテレスの『形而上学』にすることも心の中で決めている。その次を何にするかは難しく、岩波文庫に入っていて尚且つ手に入れやすいものを考えると、ローマの哲学はあまり扱いやすそうなのがないのでいきなりアウグスティヌスの『告白』でいいかななどと考えている。個人的にはマルクスの『自省録』が座右の書に近いくらい好きなのだが、哲学のゼミで読むにはあんまり適さない。一人で読む本だ。その次に何を選ぶかも問題で、哲学史を踏まえた上で、手に入りやすい形で本が出ていることも重要な条件となる。となると、トマス・アクィナスとかは難しいような気がする。実は「プラトンアウグスティヌス」ラインと「アリストテレス―アクィナス」ラインの対立は哲学史上重要なので是非読んでみたいところなのだが、と思って検索してたら岩波文庫で聖トマスという名前で『形而上学叙説』という本が出ている。これを加えても良い。問題はそれ以降の展開であり、大体ルネサンスくらいの時期から扱うべきと思われる哲学者がどんどん増えていき、近代になるともはや好みで取捨選択しないといつまで経っても哲学史を概観するゼミナールはできそうにない。そこでアクィナスから思い切ってデカルトまで飛躍して、デカルトの次はスピノザスピノザの次はホッブズ、ロックと対比させて、カントをもって一応のまとめとする。そしてヘーゲルだ。ヘーゲルからはまた二手に分かれてキルケゴールマルクスを扱うべきと思われるが、マルクスを始めたら永久に終わらない気もする。とりあえずそのくらいまでしか考えていない。

しかし、哲学の知識が人生を成功させるためには全く何の役にも立たないということが、この現代ほどわかりきっている時代もないと思うのであるが、そういう時代だからこそ哲学を勉強するのは非常に楽しい。この楽しさは多分、昆虫を集めてみたり色々な土地の石を集めてみたりすることに楽しみを見出す自然科学者的オタクの楽しみ方や、三国志オタク日本史オタク世界史オタクの歴史の楽しみ方となんらかわることがないと思う。今や文学も完全に趣味の対象物でしかありえなくなっていて、その趣味知識に平行して実用的な知識を身につけていないと生きていけない時代なのであるが、趣味にしか使えない趣味知識を蔑視して実用的な知識ばかりを身につけようとすると人生に失敗してしまうのではないかという気がする。実用的な知識を学ぶのが楽しくて仕方ないというひとは別だが、そうでない人にとっては、そこから利益を得られるかどうかを超越した次元での趣味はガス抜きとして必要だ。私としては人生にいいことが何も起こらなかったあるいは現在進行形で起こっていないという人には哲学をオススメする。古本屋で青色の岩波文庫を百円で買って読めば哲学者になれる。哲学には金がかからない。哲学にはエビデンスは基本的にいらないし、特殊な機械もいらない。つまり実験も観察も機械もいらないので金が全くかからない。必要なのは読書と思索に費やす時間だけだ。しかも「万物は水でできている」と言ってみるだけでも自分の思想を表明したことになる。哲学を趣味とすることによって他人の役に立つことこそ完全にありえないが、自分の役には立つ。とくに私のような貧乏で名声も才能も人脈も社会的地位もない人間にとってはこれほど役に立つ趣味はない。