hkmaroのブログ

読書の感想など

今日も書くことは無い

書くことは今日も無いのだが、今日は仕事がちょっと忙しかった。月末でしかも連休前だからだ。しかし、仕事のことを日記に書くようになっては終わりだ。私生活が仕事に侵食されているということだ。ここでいう私生活とは、所謂プライベートな時間とかいうものではなくて、自分がふとした瞬間に仕事のことを考えてしまっているという事実に気付くことによって、それがどんどん失われていっていると気付くことのできるような何かだ。

これほど何も書くことがないのはすごい。すごい人生だと思う。仕事にいって帰ってきた。終了。そんな人生はクソ以外の何者でもない。こういうときはその日食った飯のことでも書くと良いのかもしれない。飯とはクソと対置される、いわば間逆の存在であるがゆえに。今日は昼飯は職場の近くの夫婦でやってるような定食屋で焼肉定食を食った。この焼肉定食がなんか家庭の味のする焼肉で、結構うまいし安い。そのほか、晩飯はすた丼を食いにいった。スタミナライスを食ったが、これはどう考えてもすた丼のほうが得だとしか思えない飯であった。しかしすた丼の良いところはとにかくニンニク臭いところだ。ニンニクは食欲をそそるだけでなくて体にも良いし、なによりペニスが勃起する。

最近はプロビデンスという日本のプログレバンドのファーストを聴いている。かなりかっこよい。99点だ。他にはschool food punishmentをちゃんと聴いているが、なんだかキラキラした水樹奈々という感じで60点くらいだな。こういう風に他人の音楽に点数をつけると人間とても安心する。これが自分を棚上げしている状態だ。棚上げをするな、ということを厳しい人たちや純粋な人たちは言うわけだが、棚上げのできない人間はノイローゼになる。棚上げのできる人間は、他人に対しては厳しくありうるが、自分に対しては例外なく甘い。ノイローゼになるのは自分にも他人にも厳しい人だ。ノイローゼになりたくなければ自分のことは棚に上げて他人に点数をつけまくろう。しかし、棚に上げている自分というものを認識した時点で棚上げの効果は半分以下になる。無自覚に棚上げする人間こそ強かな人間だ。