hkmaroのブログ

読書の感想など

最近の学生について

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最近の学生は勉強するようになったと書いてある。勉強するようになったと言っても、何を勉強するようになったのかであるとか、何のために勉強するようになったのかが重要だと思う。私は二回も留年をしたので、六年間にわたって学部生の勉強具合をみる機会を望まないうちに得たわけだが、その六年間の観察によると、学生はどんどんバカになっていると思う。これは間違いない。「バカ」とはどういう意味でバカなのかというと、学生の趣味や嗜好が大衆のそれとピッタリ一致するようになってきているということだ。大衆小説を読んでいると恥ずかしい、とかいう感覚とは、学生は全く無縁になってしまったと言って良い。そのかわり確かに勉強するようにはなったと思う。最近の学生は私たちの世代の学生よりも英語もよくできるし、授業にも出るし、理解度も高いように思う。そんなアタマの良いはずの学生と喋るとがっかりすることがある。デカンショ的な話題をふっても全然のってきてくれないのである。

要するに何を言いたいのかというと、実学指向が高まっているということだ。大学で勉強する内容と自分の興味関心とが緩やかにつながっているという感覚は、多分いまどきの若い学生諸君にはあまりないものと思われる。受験勉強やなんかと同じ感覚なのではなかろうか。私の場合、自分の入った法学部の勉強が、大学に期待していたいわゆる「知」だとか「学問」というようなカッコよさそうなイメージから程遠く、教科書の朗読、条文の解釈、あるいは土地の売買についてのケーススタディだけだったので大いに失望し、自然と留年を繰り返す羽目になったのだが、いまどきの若者はそうしたことは織り込み済みで大学に入ってくるものと思われる。哲学なんかの人文的な知に対する関心のなさは日本の将来にどのような影響を与えるだろうか。全く与えないのであればそれはそれでよいことで、人類の発展になんら寄与しない知恵が存在する、ということが証明されるのだから喜ばしい。よく言われるように哲学は何の役にも立たないからこそ、それ以外のいわゆる実学とよばれる技術的な知恵が存在するのだろうか。

とはいえ従来型のエリートとは違う種類の人たちのあいだに哲学や文学が広まっているのではないかという予感はちょっとする。しかし結局それは哲学や文学は単なる趣味の問題になったということかもしれない。萌えアニメと哲学を同時に好む人の存在がそれを象徴しているのかもしれない。