hkmaroのブログ

読書の感想など

日記

http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/20091014

働いたら負けは事実、とのことだが、本当にそのとおりだと思う。だから早くベーシックインカム制度が実現すべきだと個人的には思う。働かなくて済むから。

ところで最近は経済システムおよびそれを操作しようとする政治システムと、世論的なものは本来ある程度無関係なのではないかと思うようになった。もちろん政治家や政党が国民になにかを訴えかけて世論を操作し、政治家の思うとおりに操作された世論が投票に反映されて政治家がより強い権力を得る、というようなことはあるが、政治家がそこで実は嘘をついていて、世論は単に騙されていて不当な権力を政治家に与えてしまった、というようなことも起こりうる。世論を騙して権力を得た政治家が、その権力を駆使して経済システムに手を加え、結局景気は回復したが国民が期待したような回復のしかたでは全然なかった、ということも起こりうる。つまり何が言いたいのかというと、今の世の中「転職しまくってキャリアアップ」的な考え方が一般大衆の間にも流行ってるし、それを反映してか新自由主義的な政策も人気を博しているように見えるかもしれないが、実は一般大衆と政策決定者の間に共通しているかにみえる思想は全く違うものであり、今はたまたま一般大衆のレベルでも政策決定の場においても似たような判断がなされているように見えるが、それは将来的にそれぞれ完全に別な思考の原理に支配されることも十分あり得るし、それどころか今現在でさえも実は全く違う思考の原理によって動いているのかもしれない。政治は大衆の考えを反映する必然性がないように思える。要するに何が言いたいのかというと、身近にいる「新自由主義者≒資格&転職でキャリアアップとかほざいている奴ら」を批判したりオルグしたりしてもなんら政治的な意味を持たないのではないかと思えてきた。それと同じように、政治家や政党や政府や財界人の「新自由主義キャンペーン」に踊らされている人々を例え一万人論破しても一ミリも政治は動かないのではないかと思えてきた。別に新自由主義そのものはいいとも悪いとも思わないが、大衆の間に広まっているのは実はその理念において崇高な新自由主義では全然なくて、単なる拝金主義だからだ。拝金主義者を撲滅しても新自由主義はガンガンに流行りまくるかもしれない。そして「新自由主義キャンペーン」により、またぞろ拝金主義者は生み出されるかもしれない。

★今日は浦和に散歩に行った。f:id:hkmaro:20091014143555j:image
浦和の西口の商店街にある古本屋で本を買った。品揃えはまあまあいいのだが、値段のつけ方が気になった。文庫は一律定価の半値、その他のものは大体定価の半値か、それにプラス二三百円という感じ。新しい本だと安く感じるが、ゴミみたいな本にもそれなのはちょっと萎えた。まあ、全部の値段をチェックしたわけではないし、私の見る目が悪いのかもしれないが。

見田宗介『現代日本の感覚と思想』370円
岡倉天心『東洋の理想』330円

以上二冊を買った。しかし講談社学術文庫も半額なのは結構安いほうかもしれない。帰りに駅近くの来来軒で鶏肉の揚げ物の定食を食った。なんという料理だったかは忘れた。一人で飲んでいる人も居た。