hkmaroのブログ

読書の感想など

漫画の衝動買いをした

今日は『とめはねっ!』の5巻を買いに本屋に言ったら、既刊が大量入荷されているのに肝心の最新刊が置いてなくてムカついたので漫画の衝動買いをした。
以下のものを買った。
冬目景『ももんち』
冬目景『アコニー 1』
秋山はる『オクターブ 1』
ジョージ秋山『アシュラ 上下』
こうの史代この世界の片隅に 上中下』
貧乏なのでこの程度でもだいぶ金を使ったほうだ。
最近思うんだけど、漫画も小説も男性作家の本は萌え要素に傾きすぎて、メインストリームになかなか入れてない気がする。逆に、萌えがもはやメインストリームなのだというのならば、それはそれで納得できる。私も萌えの最先端を追いかけてよくいる知性派気取りはてなブロガーへと一直線に変貌するべきなのかもしれない。例えば普通の男が読む小説といったらヒロインに何らかの萌え要素があり、それを中心にすえた小説でしかないのかもしれない。確かに昔のものだと純文学と呼ばれる小説にも、数多く萌え要素を持ったヒロインが登場する(萌えという言葉のほうが後になって出てきたので、それを遡及的に当てはめるのは間違いなのだろうが、他に適当な言葉が見当たらない)。現代はオタクカルチャーの隆盛により、大抵の男はほとんどラノベやその起源となったようなSFやミステリなどに流れているのかもしれない。そして、ヒロインの萌え要素に乏しい小説を、それ以外の人が読んでいる、つまり具体的には女性が読んでいる、という風にいえるのかも知れない。そうしたら、次のように言えるのかもしれない。本屋とか雑誌とかで「一般小説」ないし「ミステリー」あるいは「サスペンス」「恋愛小説」「純文学」などとカテゴライズされている小説は、男性が萌えを求めてオタク領域にエクソダスした結果、女性が中心に位置するようになったのかもしれない。オタク領域の小説とは、ヒロインに萌え要素があればなんでもオタク向けの小説にはなりうるという気がするが、挙げるとするなら上にも出したラノベとかSFとかミステリがそうなる傾向が大変強いと思う。もちろん時代小説でもホラーでも美少女が出てきて萌えられればよい。最近新刊を出して話題の村上春樹の小説も、噂ではヒロインに萌えて読んでいるという人もいるらしいので、もし村上春樹の小説をオタク側に分類したら、世の中の男が読んでいる小説の大半は確かにオタク系の小説ということになってしまうかもしれない。そうすると男性と女性では、大雑把に言って読んでいる小説の質が全く違い、さらにそれらは没交渉的だと言えるかもしれない。なぜなら、ラノベやSFやミステリはそれぞれのコーナーに隔離される傾向が強いし、書店のメインストリームのコーナーに置いてある小説は、ほとんど女性作家の書いた本か、年齢の高い世代の男性向けにかかれた本ばかりだからだ。
もちろん以上のことは「いまどき小説を読む男性/女性」についての話でしかない。
あと、本屋をうろうろしてきて思ったけれども、読者共同体のある本、とは要するにネタ的コミュニケーションが可能になる本、ということを意味するだけなのかもしれない。そうすると結局はオタク的な本ということになってしまう。にわかにはじめた小説レビューであるが、最終的にはオタク的共同性を当てにしたレビューばかりになってしまうのかもしれないし、すでにそうなのかもしれないが、もう少しオタク系以外に注目すべき潮流がないかどうか探してみることにしたい。とりあえず読者の共同体が云々といった話はやっぱり難しすぎるので諦めることにして、しばらくは「どういう人が読んでいるのかよくわからない本」つまり、自分にとって未知のジャンルの小説を読んでいこうと思う。
以下、今日買った漫画の感想。
『ももんち』:話の展開が「乙女ちっく」マンガの典型例そのままだなあ、と思ったら、あとがきに「乙女ちっくがやりたかった」とか書いてあってひっくりかえった。確かに冬目景のマンガには不思議ちゃんがたくさん出てくる。そういうところにも根があるのかとかなり納得がいった。
『アコニー 1』:なんかゴシックでホラーっぽいけどあんま怖くない、というような雰囲気が出したかったんだろうけど、同潤会アパートが舞台なので妙な感じになっている。同潤会アパートに憧れる心性が私にはあまり理解できないのだが、何に由来しているのだろう。小津安二郎の映画とかだろうか。
『オクターブ 1』:これはかなり面白かった。本当に主人公が悲惨な状況におかれてて泣ける。現代的な不幸のあり方をスーパーリアルに描いているように思う。挫折、貧乏、嫉妬、依存がキーワードかな。
『アシュラ 上下』:銭ゲバとはまた違うテーマを扱っているように読めるが、実際には理性と人間性がテーマである点で変わりがない。金に踊らされるのか、飢えに踊らされるのかの違いである。そうしたテーマよりも、中世の日本を完全に不毛な世界として描いているところにひきこまれた。銭ゲバとは違った意味で傑作だ。
この世界の片隅に』:いま読んでいるけれども、漫画版の大江健三郎という感じがする。言葉遊びとかコマ割りで遊んだりしてるんだけれども、そういうところに大江の小説と同じむかつきを感じる。『アシュラ』とは対称的に、設定への細かいこだわりがむかつきを誘発する原因となっているのかもしれない。あるいは、ウンチク系のエロゲーをやっているようなむかつきとでも言おうか……。絵本っぽく披露されているウンチクもあるけれど、マンガ固有の価値をそこなっているような気がする。まあ、最後まで読んでみないと評価は固まらないのだろうが……。